第3話 私は何者

 壁に入ってすぐ、少女が叫んだ。


 「いたい、いたい!」


 手を離すと、土の上に転がった。

 裾のさばけるときに、足のうらが見えた。

 暗闇ではあるが、入り口の穴が、光を一点で引きしぼり、奥に届けている。


 「私は何者だろう」


 少女は何も言わずに、こちらをうかがっている。

 はだけた着物から、やけどのように、はれ上がった肌がのぞいていた。

 乱れに気づくと、急いで絹で覆い始めた。


 「何者」


 「三色人」


 と少女は言った。

 聞いたことのない言葉だった。


 「それは何」


 少女は黙っている。

 なぜ私は、こんな体になってしまったのか知りたかった。

 この体で触れたものは瞬時に消えてしまう。

 土も肉体も、この体で触れたとたん、なくなった。


 もう一度、土の中をかきまぜるように、めちゃくちゃに手を振り回した。

 触っても触っても、手ごたえがない。 

 しかし、足のうらだけは、土を踏むことができていた。

 その時、均衡をうしなった天井が、派手に崩れ落ちた。


 「やめて」


 少女はそう言うと、すぐに口もとに絹を当てた。

 壁に手をつきながら、少しでも遠ざかろうとしている。


 「もう、邪気が」


 と苦しそうに咳き込んだ。

 こちらの体から、瘴気のようなものが出ているようだ。

 白い絹をかぶせられて叩かれたことを思うと、絹によってこの体の力を止めることができるかもしれない。


 少女の帯には、まだ糸が結ばれたままだった。

 入り口まで延々と垂れている。

 糸といっても、絹の細い反物をところどころで蝶結びにして、一条のものとしていた。


 「これか」


 大量の絹を引き取り、包帯のように全身に巻いた。

 目と爪以外は、全て覆った。

 やはり絹を当てられた部分は、滅びが止まっている。

 壁にひじを叩き込んでも、抵抗がある。

 土に触れても消えることがない。

 まるで潔白の色によって、けがれが抑えられているようだった。


 しかし、少女はまだうめいている。

 足先が、真っ赤にはれ上がっていた。


 瘴気は、皮膚の表面だけではなく、体内からも垂れ出しているのかもしれない。

 絹をいっぱい飲んで、胃の中にいれた。

 更に、けつにも挿しこんだ。

 二つの穴をふさぐと、瘴気がせき止められ、腹は少し膨れたようだった。 


 「いったい、これが何なのか、教えてほしい。この体が何なのか」


 何度も問いかけた。

 鬼だとか、こわいやつだというだけで、明瞭な答えは返ってこなかった。

 少女は咳き込むのをやめて、離れたところから、こちらを見ている。

 入り口をふさぐように逆光になって、姿は黒く均された。


 突然このような状況になって、何をしていいのかわからなかった。

 何かをしなくてはと思うのだけど、何をどうしたらいいのかわからない。

 もう何も考えたくなかった。


 「私はどうしたら」


 光の漏れ出す入り口を見つめた。

 少女は何も話さない。


 「もう消えてしまいたい」


 暗闇に向かって、また穴をほるしかなかった。

 ほってもほっても、闇が続いた。

 しだいに光が届かなくなって、真暗になる。


 「どこに行くの」


 「どこかに行きたい。でもどこに行けばいいのかわからない」

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