第2話 けた違いの力

 少女は我慢しきれずに走り始めた。

 ガラガラと音を立てて、いまにも火口のふちへ逃げ去りそうだ。

 踏みちらす吊り橋には、絹が白一色にはりつめられ、揺れるたびにかがやいた。


 「ツカマエタ」


 間一髪、裾をつかんだ。


 「うっ」


 足のもつれた少女は、踏み板に、体を打ちつけた。

 少女の腰には、釣り糸の末端が幾重にも巻かれ、帯のようになっている。

 その帯に爪を突っ込んで捕まえた。


 「引けぇえ゛!」


 いきなり掛声とともに、少女の体が引っ張られる。

 僧侶たちだ。

 逆らおうとしたが、一せいに白い錫杖を振り下ろし、頭を強く打ち伏せられた。

 衝撃に視界がかすむと、強引に引き上げられる。

 投網で捕らえられた魚のように、絹の敷かれた地面に転がった。


 「や゛れぇええ゛!!」


 次から次へと、絹が投げ込まれた。


 「い゛ぃぃよいしょ!!!!」


 絹の上から、錫杖でなぐられる。

 一打ちごとに背中に食いこむ。

 痛みが体いっぱいに走った。


 「調伏せいぃ! 調伏!」


 背中にねじこむように、数本の錫杖を押し付けられ、体が動かない。

 絹をにぎり締め、痛みに耐え続けるしかなかった。

 背中や頭をくり返しなぐられる。

 しだいに、体全体が痙攣し出した。


 「もうすこし。このままやれ」


 理由もわからないままに、なぐられ続け、今にも殺されようとしていた。

 拒まれるのなら、拒み返すべきだという考えが、激痛のなかでよぎった。

 何かできることを探した。

 左手ではまだ、少女の帯をつかんでいる。


 「おい、左手が動いてるぞ!」


 少女を引いているのを、僧侶たちは目ざとく見つけた。

 引きよせる腕をなぐろうと、背中から腕へと、錫杖をわずかに浮かす。


 その瞬間、力のゆるんだ錫杖を、背中で烈しく押し返した。

 手のひらを、地面にめりこませ、ばねのように跳ね起きる。


 「組み伏せろ!」


 すぐに僧侶が、大きな絹を、両手にひろげ、包みこむように迫ってきた。

 ほとんどでたらめに、右手を振った。

 爪が、絹の下部に突き刺さる。

 そのため一瞬ではあるが、絹は下方へ強く引かれた。

 僧侶は、足もとを崩して、頭から突っ込んでくる。


 「あっ!」


 いきなり私の胸の中に、僧侶が血しぶきをあげて飛び込んだ。


 「え」


 突然の出来事に、僧侶たちは固まった。

 胸にぶつかった後、そのままの勢いで入り込んで、かき消えたのだ。

 触れた瞬間、触れた部分が消滅した。

 残された肉体が、絹の上へ転がっている。


 皆、愕然とした表情で、その場に立ち尽くしていた。

 鳴り響いていたお経が止まった。

 火山は、しんとしている。


 即座に決断した。

 弾かれたように、吊り橋へ身をひるがえし、少女を持ってかけ去った。

 僧侶たちは、つられて追ってくる。

 こちらに結集しようと火口のふちを回っていた者たちは、直ちに向こう側に引き返した。

 逃げ道が塞がれた。


 「こっちに来るなーっ!」


 と力任せに、小刀のような爪を後ろに二度振り下ろして、手綱を切った。

 足もとが突然崩れ去る。

 轟然と音を立てて、吊り橋が無効になった。

 踏み板をつかんで、そのまま暗闇に落ちていく。


 僧侶たちは唖然として、こちらを見ていた。

 その顔もあっという間に遠ざかる。

 火口の壁が近づいてくる。


 「ぶつかる」


 背中から壁にぶつかると、ぬるっと入った。

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