第2話 預言
新たな幻守之巫女の誕生に、都中は浮き足立っていた。
早朝から人々は忙しなく動き、宴の準備に取り掛かる。正式な巫女が不在の一年と少し、巫女の不在はこの国の民にとっては大きな不安要素だった。その時期候補となる飛鳥への期待は多大なものだったのだ。
早朝、叩き起こされた飛鳥は禊を終え、儀式に向けて身支度を整えていた。
と言っても、飛鳥がする事はほとんどなく、二人の侍女を引き連れた四神が一、朱雀の朱南によって手際よく準備が進められていく。
「これが幻守の巫女装束…」
幻守之巫女装束には基本となる型はあるものの、個人によってデザインなどに差がある。幻守の代表色となる白と紫の生地に煌びやかな装飾の施されたそれは華やかさを纏いながらも、戦闘において邪魔にならないよう精巧に作られた特注品だ。
「うん、問題なし!」
「姫様、本日は戴冠の儀…くれぐれも、淑やかに」
「りょ、了解です」
何かを含ませた苦笑に、素振りを繰り返すのをやめる。
「さぁ、出来ましたわ」
「ありがとう」
「いいえ、…ふふ、流石姫様ですね。とてもお美しいですわ」
「褒めたってなにもでないよー?でも、そうだね、いつも綺麗な朱南がやってくれたからかな」
「まぁ」
きっちりと整えられた巫女装束。薄く乗せられた化粧。装飾も加えられた髪…自分ではここまで丁寧に仕上げる事は出来ないだろう。多少嗜みとしてすべを持ってはいても、花より団子。興味が全くない訳ではないので、こうして誰かに着飾って貰えるとくすぐったい気持ちになる。
軽い談笑を交えていると、控えめに扉を叩く音が響いた。
「失礼します、姫様。そろそろお時間ですよ」
迎えに来たのは青嵐だった。
朱南の纏う空気が若干ぴりりとしたのには彼も気付いたらしく、困ったように笑っている。
聞くところによると、巫女の世話係は先々代まで朱南が担っていたらしく、それが今では青嵐の担当と変わってしまったため、どこか対抗心を抱いているようだ。
性別を考慮するなら朱南が適任なのでは?と考えた事もあるが、何かしらの理由があるらしく、朱南も青嵐も何も言わないので、黙認している。
ただ、この冷やりとした空気には未だに慣れないので、どうにかならないものかと切に願っている。お互い笑顔なのに圧がすごい…主に朱南。
「ええと、それじゃあ朱南、また後でね!」
「…ええ、行ってらっしゃいませ」
***
儀式は城の中央、御神木の広間で行われる。
幾重にも重ねられた結界とその場に集う神々の氣。
幻守の血族と、神の眷族達にしか立ち入る事の出来ないそこは、いつにも増して神聖な領域と成っていた。
清浄過ぎる程の空気は、痛いくらいだった。
儀式はいたってシンプルだ。御神木の根元に昨日と同じように神帝が偉そうに鎮座しており、神帝より『預言』をいただく事で完了する。
いつものごとく、怪し気に笑う神帝に、何を告げられるのだろうかと冷や汗が伝う。
「――そう身構えるな、巫女よ」
「神帝陛下」
「なんだ、『お父様』と呼んではくれないのか?」
「~っそれ今関係ないし呼ばない!」
「それは残念だなぁ……緊張は解けたか?」
いつものように読めない神帝のペースに調子が狂うも、不本意ながら気が楽になった。
かしこまった空気はどうにも苦手だ。今回だけ、今回だけは素直に感謝する事にした。
「それでは、――告げよう」
“そなたが進む道は、どれも過酷なものばかりだろう。多くを得、多くを失う事もある。そしていつか、そなたの選択が世界の命運を分ける事になるであろう”
まるでうたうように、紡がれた言霊。預言は暗示であり、絶対ではない。
けれど、不吉ともとれるその『預言』に、周囲もざわりとどよめいた。
「そなたの次元蝶…ああ、暁と言ったか、いるな?」
「…ここに」
神帝の呼びかけにしぶしぶといった風に隠形していた暁が姿を現した。普段の蝶や鳥といった形態ではなく、仮面で目元を隠した、人の形で。
「我の力の一部から生まれたというに…随分巫女に懐いているようだ」
「…何か問題でも?」
「いいや?本来ならば、巫女を導く役目だけを持つ次元蝶が、そうして意思を持ち、人の姿を持つというのもまた不思議な事ではあるが…僥倖。そなたは巫女の助けとなるだろう」
「…それも、『預言』とやらか?」
「ふふ…いいや?『勘』とでも言っておこうか」
不遜な態度の暁に気分を害した風もない神帝は流石と言ったところか。自らの力の一部と対話する事を楽しんでいるようでもあった。
「選ぶのはそなただ、十代目幻守之巫女…飛鳥よ」
◇
2019/09/01:加筆修正
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