第3話 獅凰
儀式は滞りなく終わった。
正式な十代目幻守之巫女となった飛鳥だが、代行でやっていた事と変わりない故に、当然と言えば当然な事だが実感はないままだった。
飛鳥の誕生日に合わせた戴冠式とあって、国をあげた誕生祭も同時に行われるという。城に訪れる人々は様々だ。幻籠郷に住まう多種族の貴族や王族、そして異世界で幻守とつながりのある者達。
次々と挨拶や祝いの言葉を述べる人々ににこやかに笑いながら礼を返す飛鳥だったが、内心では流石に疲れ始めていた。
「(お腹すいたな…)」
ずらりと並べられた料理は美味しそうな香りを漂わせており、普段ならば飛びついてしまうが今はそうはいかない。祝いの席とはいえ重役の集まるこの場は、ある意味、試される場でもあるのだ。
幻守之巫女とは神帝に仕える巫女、というだけではない。その神格は神帝と同等となり、幻籠郷を離れる事の出来ない代わりに異世界すらも渡る大役だ。年齢の基準はないが、ただの小娘だと侮られてはたまらない。飛鳥は己に礼節や王族としての作法、戦いのすべまでも叩きこんだ師である亡き祖母を思い浮かべ、感謝した。
人の行き来が緩やかになってきた頃、自身も挨拶をしつつ後ろに控えていた青嵐が声をかけてきた。
「姫様、ここは私が持ちますので席を外されても大丈夫ですよ」
「え、でも…いいの?」
「ええ、大抵の方には挨拶も済みましたし…それに、もう限界でしょう?」
くすりと笑いながら、料理の乗せられた皿を渡される。表には出さないよう努めていても、優秀な世話役にはどうやらお見通しのようだ。
「ありがとう!」
「いいえ。頃合いを見てまたお戻りになってくださいね」
「はーい!」
顔が緩むのを自覚しつつ皿を受け取った飛鳥は、人目を避けて奥の庭の方へ駆けて行った。
***
滅多に人は訪れないものの、手入れはしっかりと行き届いた奥の庭は飛鳥のお気に入りの場所の一つだ。
青嵐から受け取った料理は常人には多く、飛鳥にとっては少々物足りない量だが、気兼ねなく食事が出来て満足だった。自分以外気配のない庭で、青嵐の言葉に甘えて少しばかり休む事にした。
一息ついて、想い馳せるのは先日賜った『預言』、
幻守之巫女としてのこれから、
そして……。
「これから、頑張らなきゃなぁ…」
「何を頑張るって?」
「――っ!?」
先程まで人の気配を全く感じられなかったというのに、耳元で囁かれた声と放たれた殺気。反射的に背後へと蹴りを入れる――が、手ごたえはない。
顔を向けた方には姿は見えず、気配も消えた。だがそれは一瞬で今度は右から殺気が飛んでくる。
「…っ!」
すんでのところで相手の蹴りを避けすぐさま反撃するが、いとも簡単にいなされてしまった。それどころか、放った拳を掴み取られ強い力で飛鳥の身体は地面へと叩きつけられる。
強打した背の痛みで反応が遅れる。
――避けられない…!
追撃を覚悟して歯を食いしばった。
「……あれ…?」
いつまでたっても来ない衝撃に違和感を覚え、ぶれていた視線が戻って相手の顔がようやく認識出来た。
癖のある金の髪、鋭い目つき…その瞳は天妖の証である、自身と同じ、紫紺。整った顔立ちをした男がこちらを見下ろす。それは見知った顔だった。
「獅凰!?」
「よぉ、久々だな」
にやりという表現がぴったりな表情で笑えば彼の右目にはしる傷が歪んだ。
彼―獅凰は飛鳥の従兄であり、もう一人の師匠である。度々姿を現してはこうして襲撃をしかけてくる。曰く抜き打ちテスト、らしい。
何度かは反撃に成功する事もあるが、大抵はこうして制されてしまう。
「油断し過ぎたなァ?」
「毎回毎回いきなり来ないでよ!しかもここ幻守の城!勘違いされたらどうするの!」
「あー?それはそれで楽しそうだな」
獅凰の一族である天妖と幻守は現在、冷戦状態であるものの敵対関係にある。
そして獅凰は天妖の王位第一継承者であり、従兄妹とはいえ、一緒にいればあまりいい顔はされない。
二人が師弟関係であると知らない者からすれば大ごとになってしまう危険性すらある。それを危惧しての言葉にも、襲撃をしかけたこの男はただ楽しそうに笑うだけだった。
「んな心配してるよりも、別の事に焦るべきだと思うけどなぁ?」
「はぁ?」
「お前、今の状況分かってるか?」
言われて、ふと気付く。目の前にあるのはこちらを見下ろしながら、にやにやと笑う獅凰の顔、そしてその後ろには快晴の空。
…私は奴に押し倒されている。
「ど、どいて!!」
「さてどうしようか」
こみ上げてくる羞恥心と嫌な予感。無駄に整った顔をした、奴の悪癖…獅凰は自他共に認める女好きであり、弟子である飛鳥にすら手を出そうとしてくるのだ。
顔の真横にあった手が際どい位置へと動いたところで、プツンと何かが切れた。
「どけって言ってんだろこの変態!!」
渾身の力を込めて獅凰の腹部を殴った。
飛鳥は所謂「馬鹿力」だ。拳一つで岩を砕く事すら容易い。
体勢が体勢なため、その威力は幾分抑えられているだろうが、頭一つ分大きな男の身体が吹っ飛ぶくらいの衝撃はあったようだ。
離れたところで、蛙の潰れたような声がした。
◇
2019/09/01:加筆修正
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