幻籠華
彩迦
第1話 幻守之巫女
次元の狭間を漂う世界「幻籠郷」。
人と、妖、そして神さえもが共生し、狭間に存在するが故に時折異世界の者が辿り着く事も稀ではない、一風変わった世界。
そこは世界樹の恩恵を受ける神聖なる土地…王都「彩都」
その外れにて、不釣り合いな叫び声が響いた。
「―――っふ…ぎゃぁああああっ!!」
上空から少女が――文字通り、降ってきた。
空を見上げようと、その美しい青を遮るものは何もない…まるで突然、瞬間移動でもして空から現れたようである。相当な高さからの落下に、このまま地面に叩きつけられればひとたまりもないだろう。目に涙を溜めつつも少女は何者かに向けて声を荒げた。
「ちょっと!ほんとに!なんでいつもこうなの!?」
「我に言われても困る。我は導くのが役目。力の開放は主の役目だろう」
「そうだけどぉお!」
地面が近づき焦る少女、飛鳥とは真逆に、冷静に答える声の主、暁。
飛鳥が“次元移動”をしてきた際、ほぼ毎回のように落下を繰り返していた。もちろんわざとではないのだが…今はそれを言い争っている場合ではない。
何とかしなければと頭を回すも、既に地面は近い。今回ばかりはまずいかもしれない。衝撃を覚悟して固く目を瞑る。
「…わっ!?」
突如として、飛鳥を囲むように水の球体が現れた。それは落下の速度を抑え、ゆっくりと下降していく。例えるなら、シャボン玉の中にでも入ってふわふわと浮いているようだ。ただし中身は水である。空気の無い水の中では息が出来ないものだが、不思議と息苦しくなる事はない。
水の中だというのにやけにクリアな視界で思い当たる人物を探した。
「全く…貴女はまた落ちてきて…」
額に手を当て呆れるようにため息をついた人物の名は「青嵐」。四神が一、青龍である。青龍が司るは「水」。彼の能力により飛鳥は助かったのだった。地面に着くと、水の球体はパチンと弾けて消えた。
「あ、はは…ありがとう。助かったよ」
「いいえ。お怪我がなくてなによりです。幸い、今回の落下先は城の近くで良かったですね。さ、こちらへ」
落下先、を敢えて強調した言い方にうっと詰まる。
顔の横に流すように結ばれた空色の髪は僅かに乱れている。常に折り目正しく身なりもきちんとした彼には珍しい事だ。相当、心配をかけてしまったようだ。申し訳なさに何も言えずにいると、青嵐はもう一度深いため息を吐いて優しく微笑んだ。
「言い忘れてしまうところでした。――おかえりなさい、姫様」
***
幻籠郷を創造したとされる神、通称「神帝」の後裔…「幻守一族」。
人と神の血を引く彼らの役目は、その名の示す通り「幻籠郷を守る事」。そして狭間に存在する世界が故に時空の歪の影響を受けやすい幻籠郷のみならず、異世界の歪の制御の為、次元を移動する事もある。
飛鳥はその幻守一族・十代目の巫女姫だ。…否、正確には十代目幻守之巫女となる予定、の云わば見習い巫女だ。
現在、とある事情により正式な幻守之巫女はいない。その為、七代目幻守之巫女より教育を受け、正当な血筋でもある飛鳥が代行していた。そして今回は、神帝の呼び出しにより急遽幻籠郷へと戻ってきたのだった。
「それで?いきなり戻ってこいだなんてどういうおつもりで?」
「なんだ、我が巫女は腹を立てているのか?」
「いや…別にそういう訳じゃ」
幻守一族の城、彩蝶城の中央にある御神木の前に座る青年こそが「神帝」。今は青年の姿をしているが、時には少年、時には女性の姿で現れる事もある故に本当の姿は誰も知らない。
愉快なものでも見るかのようにうっそりと笑みをたたえ、風も吹いていないというのにその床まで届きそうな白銀の髪は揺れる。
「ああ、前の世界で食べ損ねた甘味でもあったか」
「……」
「図星のようだ。いやぁ可愛いものだな…ふふっ」
「…神帝陛下、姫様で遊…からかうのはそれくらいにして、本題を伝えませぬと」
顔を真っ赤にして震える飛鳥を見かねて、後ろに控えていた青嵐が助け舟を出した。そうだったそうだった、とわざとらしく両手を合わせた神帝は、事もなげに、まるで今晩の夕飯の献立を教えるかのように、軽く言いのけた。
「巫女よ。明日からそなたは正式に十代目幻守之巫女となってもらうぞ」
「……………へ…?」
突然の事に、驚きを隠せない飛鳥とは裏腹に、控える式神達から動揺の色は見えない。若干、哀れみの視線は感じる気がするが。
この神は、いつも唐突だ。
「異世界に行っていたそなたにこちらの暦が分からないのも無理はない。明日、四月一日はそなたの誕生日だろう。正式な巫女となるのに年齢の基準などないが…まぁきりがいいと思い立ってな」
「…適当か!」
「いやいや、正式な巫女が長期不在となれば民も不安がるだろうと、真面目真面目」
なんだろう、微妙に納得いかない。
というかこのにやけ顔、二、三発殴ってもいいだろうか…仮にも主に向かって物騒な考えを持ち始めた時、愉快そうに笑っていた神帝が笑みはそのままに、だが試すように鋭い眼差しでこちらに視線を向けた。
「意思確認をしようか。正式な、十代目幻守之巫女となる覚悟は、そなたにあるか?」
「――…、もちろん」
両の手を合わせて、頭を下げる。
これは待ち望んでいた事。断る理由など、ない。
「謹んで、お受けいたします!」
一筋の光が、見えた気がした。
◇
2019/09/01:加筆修正
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