第16話 偽名禁止、って書いてありましたっけ?

「やぁぁっと、見つけましたぁぁぁぁぁ!!!!」

 添乗員さんに、泣いてすがられてます。


「なんで、ちゃんと自分の名前を書かないんですか! 名前が違うから、全然見つけることができなかったじゃないですか!」


 どうやら、私達がちゃんと自分の名前を記入してなかったせいで、異世界こっちに来るときに添乗員さんと離れ離れになったらしい。

 添乗員さんはこの半年、必死になって私達を探していて。昨日、私とヒトセさんが自分の本名を明かしたことで、添乗員さんの魔法に探知されるようになり、こうして合流できたということだった。


「……ええと、じゃぁ、こっちの一年は地球の半日、っていうのは……」

「ああ、お気づきでしたか! 弾かれるときに一か八かで魔法を掛けたんですが。もう、もうっ! 一年以内に見つけられるかとやきもきしましたよぉぉっ!」

 添乗員さんが私達を必死に捜し回っている間、私達は家を持ち、結婚までしてしまいました。

 なんか、ごめん。

 喉まで出かかった謝罪を飲み込み、促されるまま、日本での服に着替えるためにヒトセさんと部屋に戻った。

 荷物を引っ張り出し、大事にしまってあった服を取り出す。

 お互いに背中を向けたまま、黙々と服を身につけてゆく。

 振り向いたとき、先に着替えを終えていた彼がジッと私を見つめていた。


 つい昨日、この世界に居る間だけの幸いだと、心に決めたばかりなのに。

 こんなに早くその時が来るなんて思わなかった。――ああ、もっと早く、素直になっておくんだったなぁ。

 もう、夫婦ごっこは、終わりだよね……。

 泣きそうな気持ちを押し殺して、微笑んで彼を見上げる。

「添乗員さんが待ってるよ、行こう?」

「……ああ、そうだな」

 私の分のリュックを取りあげて背負った彼は、空いた左手で私の右手を引く。

 ああ、もっと早く、素直になってれば、この大きな手にもっと触れられたのに。勿体ないことをしたなぁ。

 ギュッと彼の手を握り返し、彼の半歩後から家を出た。



「折角ですから、この家は保存して、不可侵の魔法を掛けておきましょうか?」

 添乗員さんの言葉に、私達は顔を見合わせる。

「いや、もう住むこともないのに、それは勿体ない」

 折角ここまで作り上げたのにという気持ちはあるが、それよりも誰も住まずに侘しく残る方がなんだか哀しくて、私もヒトセさんの意見に同意する。

「そうですか? わかりました」

 すこしだけ残念そうにそう言った添乗員さんは、すぐに表情を明るいものに切り替えた。

「でも、せめてすたれないように、保存の魔法だけ掛けときましょう」

 私とヒトセさんは顔を見合わせ、それくらいならいいかと頷いた。添乗員さんはニッコリと微笑むと、家に向かって両腕を広げた。

 風がふわりと髪の毛を揺らしたが、それ以外、発光するとか、呪文を唱えるということもなく、魔法は終わった……らしい。

 わかるだろうか、このがっかり感。

 魔力が無いから見えんのか、それともこれが平常運行なのか不明。

 チラリとヒトセさんを見上げたら、彼もなんとも言えない顔をしていたので、同じ気持ちなのだろう。

「さて、それじゃ、元の世界に帰りましょうか」

「……はい」

 振り向いて促す添乗員さんに、私はちいさく頷いた。

 日本に帰る。

 勿論、帰るに決まってる。


 鈍く疼く胸の痛みを隠すくらいには、大人だから。

 私はさり気なく、ヒトセさんと繋がっていた手を離した。

 

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