2 だから開けてはならないよ
「どうした?女の子は見つかったのか?」
「それどころじゃないです。館長。あの絵―噴水広場の踊り子の絵が」
真っ青になった若い職員たちの一人がやっと口を開いた。他の連中は未だに震えていた。
館内中を回り、公開されていない部屋まで探したのに、手がかり見つからず、疲れ果てた若い職員たちは女の子がいなくなったあの絵の前にやってきた。
かくれんぼでもやってるんじゃないか、どこかで自分を探している大人を見て笑っているんじゃないか、と愚痴ばかり。
なんとも無責任なことだ。少し考えれば、小さな子どもがそんな真似をいつまでもしているわけがないのに。
とにかくもう一度探そうと、何気なく絵を見た職員の一人は、あ、と短い声を上げ、絶句した。どうかしたのか、と思い、他の職員たちも絵を見上げた瞬間、息を飲み―恐怖した。
天使の像が乗った噴水を背に踊る踊り子のそのすぐそばに、白いワンピースを着た長い黒髪の女の子。公開当日から今日、女の子がいなくなる前までは、なかったはずの姿。
それを見た職員たちは背筋が凍りつくほどの恐怖を覚え、ほうほうの態で、事務室に逃げ帰ってきたってわけだ。呆れるが、ま、恐れるのは当然だ。
だって、加わったその女の子の絵は、いなくなった女の子と同じ姿だったからね。
「だから言っただろう!あの絵を公開すれば、災いが怒ると!あの絵は長い黒髪の人間を取り込んで、風景の一部にしてしまうんだ」
そんな馬鹿な、とうめく館長に、老警備員は悲鳴に近い声で責めた。
老警備員が責めるのは、無理もない。彼はよく覚えていた。
あの絵にまつわる不可思議で、恐ろしい事件を、ね。
もう何十年も前のこと。やはりあの絵が公開され、遠くから来た観光客の中で一人の―まだ20代の女性がいなくなり、二度と戻ってはこなかった。
そればかりでなく、女性がいなくなった直後、あの絵の一番左端に、その女性と同じ格好をした姿が書き加えられていた。
それを見た当時の館長は何か感じるものがあったのか、慌てて、その絵の公開を止め、保存庫の奥へ厳重に保管することにしてしまった。
なぜって? だって誰かがいなくなるのは、初めてでなかったからさ。
絵を美術館が所有するようになって、厳重に保管されるようになるまでの間に、十何人もの―黒髪の人が行方不明になっていたんだ。少し調べれば、すぐに分かることだったのにな。
「あの絵はどういうわけか、呪われているんだ。公開されるたびに、長い黒髪を持った人たちがいなくなっている。そうして、誰も戻ってこなかった。もう女の子は見つからない。あの絵に描かれたのは、いなくなった女の子だ!あの絵は人を食らうんだ!!」
大声で叫ぶ老警備員に誰も言い返すことが出来なかった。
ありえない、って、思うのは当然だ。そうだろうね。
だけどね、老警備員の言うとおり、確認のため、資料として残されたあの絵のラフを見た結果、そこに観客なんて描かれてなかった。なのに、今の絵には、十何人もの真っ黒な見物人たちが加わっていたからね。
そして、その中のいくつかは助けを求めるように、こちらを見ているものがあったことに気づきいた瞬間、ぞっとし、心底後悔した。
老警備員の言うとおり、どんな名画であろうと、出してはならなかったのだ、と、いまさらながら後悔したんだ。全く―遅すぎるよね。
翌日、絵は公開が取りやめになり、もう二度と保存庫から出さず、厳重に管理されることになったという訳さ。
ああ、そうそう。実は歴代の館長からは申し送りがあったんだよね。
―保存庫の奥に保管されている名画は絶対に出してはならない。人目に付くことは決してせず、黒髪の人間のいない―研究などには貸し出すこと、ってね。
なのに、館長はそれを破った。
理由は簡単。金に目がくらんだ。名画と呼ばれるあの絵を公開するだけで、客が押し寄せてくるって。
もっと他に手はなかったのかね。お陰で代償に、無関係の子が連れて行かれたんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます