囚われのミュージアム

神楽 とも

1 禁を犯してしまうとね

禁忌って言葉を知ってるかな?

忌まわしく、禁じられたって意味だ。だから、決してやってはいけない。

でも、それを破ると―大変なことがおこるんだ。そして、どうやら、その禁忌を犯してしまったところがあるようだ。

さて、どんな代償を払うのかな?



 ある国の美術館に、決して公開してはいけない1枚の絵がありました。

 どうして公開してはいけないのかは、分かりません。しかし、その絵はある有名な画家の作品で、多くの人が見ることを楽しみにしていました。

 そして、ある年、新しく就任した館長の一存で、とても大きな展示会が開催され、出してはいけなかったあの絵も公開されたのです。

 職員の多くは不安に思いましたが、その絵を見ようと押し寄せる人々を見て、そんな考えは消し飛び、大喜び。

 けれど、たった一人だけ、美術館で一番古くから働いている老警備員は未だに猛反対していました。

「あの絵は出してはいけない。もうずっと長い事そう決められてきたんだ。でないと、絶対に災いが起きるぞ」

 事あるごとに何度も訴える老警備員の声を館長たちは聞き入れませんでした。

 だって、美術館は毎日のように賑わって、その絵を見た誰もが満足そうに帰っていったから。

 災いなんて起こりっこない、と、職員の誰もが無責任にも、そう信じておりました。ええ、全く愚かなことに。

そして、とうとう代償を払うことになった。それも何の罪のない子が、ね。

 

 ある日のこと。いつものように美術館が開き、その絵を皆が見て帰っていく中、一人の少年が血相を変えて、受付に来て、こう尋ねたのです。

「すみません。6、7歳の女の子を知りませんか?フリルのついた白のワンピースを着た、黒い髪の女の子なんです」

 真っ青な顔で訴える少年に職員たちは顔を見合わせ、急いで奥にある事務室へ案内し、館内にいる職員と警備員全員にその女の子を探すように連絡しました。

 少年の話によれば、その子は自分の妹で、一緒に来ていたのですが、ほんの少し―美術館のちょうど中央に展示されているあの絵の前で目を放した途端、いなくなってしまった、というのです。

 迷子ならすぐに見つかるだろう、と職員たちはそう言いましたが、ひどく首をふって少年は言いました。

「すぐに見つかるって、僕も思った。けど、どうしても見つからないんだ。はぐれたら、紺色の制服を着た警備員さんのところへ行くように、って言ったのに。他の博物館で迷子になった時、ちゃんと警備員さんのところで待ってたんだよ」

 そんな少年の言葉を職員たちは取り合いませんでした。いなくなった女の子がまだ小さいから、兄である少年の言葉を理解していない、と思ったからです。

 そうして、時間が1時間、2時間と過ぎ、ついに閉館時間を迎えても、女の子は見つかりませんでした。

 誘拐かもしれないと思った館長や職員たちは慌てて警察に連絡を入れ、協力してもらいましたが、それでも女の子は見つかりません。

 不安のあまり、泣き出しそうになる少年を放っておいて、騒ぐ館長たちや警備員たちに老警備員はひどく腹を立てました。

 それはそうだ。だって、この少年だってまだ子供なのだから。

「かわいそうに。妹さんはどんな子だい。どこでいなくなったんだ?」

「あの、人だかりができている絵の前だよ。ちゃんと手を握っていたのに、急にいなくなって」

「なんだど!あの絵の前だって!?」

 その途端、血相を変えて、老警備員は大声を上げると、椅子から滑り落ち、その場にへたり込んでしまいました。

「ああ、なんてことだ。もしかして妹さんは長い黒髪だったか?」

「そうだよ。それがどうかした?」

「かわいそうに。妹さんはもう帰ってこんかもしれん」

「君、なんてことを言うんだっ!相手はまだ子供だぞ」

 頭を抱えて嘆く老警備員の言葉に少年は真っ青になり、館長は思わず怒鳴りつけました。

 ほんの少し、本当にちょっとだけはぐれてしまったせいで妹がもう帰ってこない、と言われてしまえば、怖くなる。

 それに気づいた職員が大丈夫、きっと見つかるよ、と励まして、駆け付けた両親と共に少年を帰してしまった。当然の行為だけど、ひどい話だ。

 だって、子どもたちの両親には大して説明もしないで、追い返したのと同じだろう?全くどういう連中なのかね。

 そうして、あっという間に時間だけが過ぎ、美術館の仕事が全部終わる時間になっても、女の子は見つからなかった。

 さすがに楽観視していた職員のだれもが心配になり、不安が膨らんでいきました。

「一体全体、どういうことだ?なんで、たった一人の子どもが見つからないんだ」

「館内を出た形跡はありません。カメラにも映っていなかったから、館内のどこかに」

「だったら、どうして見つからない?」

「こんなことってあるの?」

「当然だ!お前らがあの絵を保存庫から出すから、こんなことになるんだ!」

 騒ぎ出す館長と職員たちの姿に、警備員のおじいさんは大声で怒鳴りつけました。 

 と、そこへ警察と一緒に館内を探していた若い職員たちが真っ青な顔で事務所に駆け込んできた。何があったのか分からない。が、ぶるぶると恐怖に震えていた。

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