アイスクリームが好きではない

 第一話に続いて、また食べものの話となるが。

 私は、アイスクリームが好きではない。

 また同じような話かよ。ごめんなさい。けれど、みなさんの周りにアイスクリームが好きではないという方、いらっしゃるだろうか。

 これまた少なくとも私の周りには、一人もいないのである。


 甘いものが苦手だからアイスクリームも好きではない、という方は多くいるだろう。それとはまた違う。甘いものは好きである。けれど、アイスクリームはできれば食べたくないのである。

 好きではない、という程度なので、前回のステーキほど苦手というわけではない。食べろと言われれば食べる。別に食べたからってえづくこともなければ、噛み切れずに飲み込めないという事態も起こりえない。口に入れた途端すっと溶けて消えていく。そういう意味ではアイスクリームは非常に安全な食べものである。


 では何がダメなのか。

 ――アイスクリームは、冷たいのである。


 当たり前だろ、というツッコミがいたるところから聞こえてきそうではあるが、アイスクリームのアイスクリームたる所以というか、アイスクリーム……すなわち氷菓の最大のアイデンティティである「氷」のところがダメなのである。


 ダメというのは、単純に胃腸の問題だ。

 冷たいものを食べると私はすぐにお腹を壊してしまう。

 モナカに包まれていようが、コーンの上に乗っていようが、ウエハースが添えられていようが、中にクッキーが入っていようが、関係なくお腹を壊す。元々胃腸が弱いのだろう。


 したがってアイスクリームを食べる場合、胃腸への影響を考えて、ゆっくり口の中で溶かして食べざるを得なくなる。すると当然アイスクリームはどんどん溶けていく。溶ける前にすべてを口に運ぶことができない。結果スプーンでカップの中をすくうも「私は今一体何を食べているのだ」という事態に陥ってしまう。

 このまあ、溶けて液体と化したアイスクリームのなんとむなしいものか。カップの中身が凍っているときは気づかないのに、液体となった途端口の周りやらスプーンを持つ手やらが急にべたべたしだすのは何なんだろうと言いたくなる。あれか、魔法が溶けたみたいなもんか。


 次にダメなのは、その中身である。

 これはまあ、ひとつめの理由との合わせ技ということになるが。

 アイスクリームは当然、中身に大量の砂糖(糖分)が使われている。

 いやその点は他のお菓子も同じで、それはもちろんわかっている。けれどそもそも自分の胃腸に悪影響を及ぼすとわかっている食べものが、この上さらに糖分の塊であるとわかったらどうか。

 まったく食べたいと思えなくなってしまったのである。


 甘くて美味しくて、大好き。そう感じる食べものなら、糖分というリスクを引き換えにしてもいい。けれど甘いが美味しいとは思えない、好きではないと思う食べものを食べて、その上リスクも背負わなくてはならないとしたら、なんだか罰ゲームをやらされているような気分になる。できるだけ食べたくないと思ってしまうのだ。


(……ここまで書いて損な性分だなあと思わなくもない)


 私はできればアイスクリームを食べるのは遠慮したい。同じ甘いクリームならシュークリームでいいではないか。そう思うけれど、世の中の大多数の人(……は言い過ぎなんだろうか? 少なくとも私の周りの大多数の人)はアイスクリームが大好きである。

 男女関係なく、夏外に出れば「アイスでも食べたいね〜」とぼやくのはもはや世間話のレベルである。実際にその発言の後、必ずアイスクリームを食べると決まっているわけではない。アイスクリームの存在の大きさがどれほどのものか、好きな方々こそ気づいていないのではないだろうか。例えば杏仁豆腐も冷たいデザートであるが、「杏仁豆腐でも食べたいね〜」と言えば、それは世間話ではなく、ただ杏仁豆腐を欲している発言と聞き手に理解されるだけだ。

 アイスクリームとは、それほど凄まじい存在なのだ。


 というわけで例によって、それがあまり好きでない私は、世の中の大多数の人(あるいは私の周りの大多数の人)の中でまた何ともいえないアウェー感を味わうのである。


 こんなことがあった。夏、仕事中に差し入れをいただいた。お菓子やおせんべいなど、旅行に行った同僚やお客様からの頂き物でそういったものが配られるのが私の職場の日常である。今回は、業者さんからいただいたものだった。アイスクリームが女子社員へ一人一カップあるという。

 ご想像の通り女子社員は手を叩いて喜んだ(という)。溶けないうちに食べなさいということですぐに配られ、それぞれ席に座って食べていた。

 と、そこに席を外していた私が戻り、後輩がすぐにアイスクリームを携えてやってきた。バニラアイスといえばこれという、「スーパーカップ」だ。

 とりあえずお礼を言い、とりあえずスプーンとともに受け取る。

 凍ったカップの重量がずしりと重い。内心その重量におののいた私は思わず口にしてしまったのだ。


「これってスーパーカップのビッグサイズ?」


 後輩はきょとんと首を傾げた。

「え、普通のスーパーカップですよ」

「こんなおっきいの」

「スーパーカップっていったらこれじゃないですか」笑っている。

「おっきいねー……」私は言葉が続かない。


 この会話一つで、どれだけ私がアホか……もとい、いかにアイスクリームを日頃食べていないかわかっていただけると思う。あの有名な(アイスクリームが好きでない私でさえ名前だけは知っている)スーパーカップ、あんなに大きいって知らなかったのさ!

 私は軽くショックを受けた。あんな大きなアイスクリームをみんな平気で食べているのか……コンビニでもスーパーでもどこでも売ってるしな……お腹が冷えて大変なことにならないのだろうか。しかもバニラアイスとか、二口食べたらもううんざりするだろうに。


 結局、あのサイズのアイスクリームを溶けないうちに胃に放り込むことなど到底できなかった私は、どうにか三分の一ほどを食べ、残りを会社の冷凍庫に保存した。その後二日かけてブラックコーヒーに投入して飲み干したのである。

 アイスクリーム好きの方からすれば、まったく理解できないだろう。それもそのはずだ。反対に私の方からすればそんなみなさんが理解できないのだから。

 ……この溝は深い。


 ここまでの話を読んだみなさんは「冷たいものがダメならアイスクリームだけじゃなくてジュースとかジェラートとかもだめじゃね?」と思うかもしれない。ジュースに関してはまったくその通りである。

 私はジュースも好きではない。アイスクリームと同じ理由だ。一つは冷たさ。氷が入っているとそれを取り除きたくなる。もう一つは砂糖水じゃないかという恐怖に怯えて飲む気がしないのである。

 フルーツジュース、しかも百パーセント果汁のもので、やや冷えた(あるいは常温)のものを喜んで飲みます。面倒なやつですいません。

 ジェラートやシャーベットはアイスクリームほどに苦手ではない。たいていフルーツを使っているものが多く、果肉入りだったりしてクリーム感が少なめなのでそこまで神経を尖らせずに済む。かき氷は……うーん。真夏の炎天下で、カップ上部のこんもりした部分だけなら。いや、それでもその半分でいい。


 面倒なやつだなと自分でも思う。

 けれどこのことを家族以外の人にわざわざ伝えたことはないし、誰かと一緒に飲食店に入ったとして、実際に氷が山ほど入った果汁二十パーセントの飲み物が出されても、文句を言うことはない。アイスを食べようと誘われれば胃腸に無理のない範囲で応じもする。

 自分勝手な主張で人様に迷惑をかけないように気をつけているつもりではあるのだ。


 なので……ここでひねくれた話をするくらいは許していただきたい。

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