私はステーキが苦手である
道半駒子
私はステーキが苦手である
私はあまりステーキが好きではない。
というか、苦手である。
ついでに言うと、焼肉やバーベキューも。
けれど、それをあまり人には言えない。私の周りにいるほとんどの人は、それらが大好きだからである。
「今度の懇親会、どうする?」
「何か食べたいものあるかな」
「私、肉がいいです」
職場での飲み会。誰か(特に女性)がそう言い出すと、さあ盛り上がる。
「また肉? ○○さんは本当肉好きだねえ」
なんていいながら、課長もまんざらではなさそうである。肉食女子というものは酒飲み女子と同じく、おしなべて男性には受けがいい。まあ、彼らも肉や酒が好きだということの方が大きいか。
私はといえば、一緒になって笑っているが、内心苦笑いである。
この盛り上がりの中「私、肉はちょっと……」と言える強者がいたら見てみたい。いっそ口にもできないというほどに苦手であったなら、そう申し出ることができたのかもしれない。それでもこの何とも言えないアウェー感を払拭することはできないだろう。
そう、私は別に肉をまったく受け付けない、というわけではないのだ。もちろん日常的に食べるし、人並みに好きである。ただ、ここで言う「肉」とは「ステーキ」や「焼き肉」や「スペアリブ」などを指すのであって、決して「ひき肉」や「ベーコン」や「ウインナー」ではない。
要するに私は「焼いた分厚い肉」全般が苦手なのである。
なぜ苦手なのか。
まず一つは、食感である。
子供の頃、口いっぱいにステーキを頬張ってしまったことがあった。確か祖母からのクリスマスプレゼントとして家に送られてきたものだったと記憶している。当時は食べる機会もほとんどなかったため、苦手意識もまったくなく、家族とともに無邪気に喜んだ。
苦手意識がなかったからこそ大きな肉を頬張ってしまったのだろう。しかし、これがまあ、噛んでも噛んでも噛み切れなかった。別に肉が固いわけではない。歯が肉を切り込んでいくのはわかる。けれど最後の最後で切り離せない。顎が疲れるほど噛み続けても、喉に通る大きさにすることができなかったのだ。
これは……いつ飲み込めばいいんだろう?
親兄弟が楽しそうに談笑しながらステーキを食べる傍で、私は一人困惑していた。
もっちゃ、くっちゃ、もっちゃ、くっちゃ。
困惑しながら口の中で転がし過ぎて、もはや肉はうま味もソースもすっかりなくなってしまい、すっからかんの繊維の塊と化している。いよいよ口に入れておくのが苦痛になり始めた。
どうしよう。
もうあごも限界である。仕方ない。
意を決して無理矢理飲み込もうとして――結果、私はえづいた。ステーキの前に食べたケーキやらサラダやらを吐き出さんばかりの勢いである。パニックになった。
「〜〜〜!!」
言葉にならない声を発し、目尻に生理的な涙を浮かべて、私は苦痛を訴えた。驚いた親がティッシュを持ってきてくれ、息も絶え絶えに繊維の塊を吐き出し、ようやく解放された私は、すっかりステーキ恐怖症となってしまったのだ。
いざお店に行き「あ、柔らかい! おいしいねえ」と同僚たちがうれしそうに食べているステーキも、やっぱりダメである。まず一口サイズに切って、口に運ぶ。むち、みち、みち、むち、と何十回と噛んでも切り離せないので、頑張ってみて具合良く飲み込めれば成功。失敗すれば一人えづいてトイレに立つ。そんな感じなのだ。懇親会のはずが、楽しい会話に参加もできない。
なんなんだ、私。普通の人よりもよっぽど顎の力が弱いのか。
歯が軟弱なのか。謎である。
次に苦手なのが、そのいかにもな肉っぽさである。
いやそりゃ肉なんだから、肉っぽさがあるのは当たり前だ、と思うだろう。ところが「焼いた分厚い肉」とそれ以外の肉のあいだには明確な違いが存在している。どういうことか。肉っぽさ、という以上に説明が難しいので、感覚的な話をしてみる。
肉を大好きなみなさんが、例えば今晩「夕食に肉を食べるぞ!」と決めたとする。お気に入りのステーキ店やら、奥様(または旦那様や親御様)が買ってくるであろうなんとか牛やらを期待しながら、みなさんはうきうきと仕事(または学業)を切り上げ、会社(または学校)を飛び出したとする。
さてそこで――夕食の鉄板(または皿)に乗っているものが、二百グラムのウインナーだったらどう思うか。
「俺(私)が求めていたのはこんなものじゃない!」という気分にならないだろうか。コレジャナイ感とでも言おうか。
それが「焼いた分厚い肉」とそれ以外の肉の違いなのだ。
冒頭でも述べたが、肉が好きな方が「肉」と呼ぶものはステーキや焼き肉などであって決してウインナーやベーコンなどではない。おそらく加工していない肉を肉好きの方は欲しているのだろう……か。ちょっとそこのところは推測でしかないけれど。
そしてたぶん彼らの欲している点こそが私の苦手な点であるのだ。したがって、私だったら二百グラムのウインナー、両手を上げて大喜びする。うれしくて仕方ない。
どうだろう。少しは想像がつくだろうか。
要はオマエが加工肉が好きなだけだろう。……それももちろんある。
この場合、「焼いた分厚い肉」が好きな方々とそれが苦手な私、両派を等しく満足させられる料理はハンバーグしかない、と個人的には思う。ハンバーグを語るときだけは私も「肉」の盛り上がりに心から参加できるから。
ひき肉は噛み切れるのだ! ひき肉は私を裏切らないのだ! ハンバーグ、あれ本当美味しいよね! 万能!
ウインナーでも同じくらいテンション上がるよ、という方には……申し訳ない。例えが悪かった。
したがって、そういった肉っぽさを助長するものは極力排除したいと思っている。そのため、お店で肉の焼き加減を「レア」と周りが揃って指定するのも理解しがたく思っている。
だってレアって……中身赤いじゃん! 生じゃん! 肉汁もちょっと赤いし!
テレビでもよくおいしいステーキの店が取り上げられているが、焼き加減は決まってレアだ。これは昔からそうなのだろうか。昔のステーキも中は赤かったの? 子供の頃の記憶はどうもそうじゃなかったような気がするが……それはいいとして。
とにかくよく焼いてくれ。肉肉しい感じを取り去ってくれ。いっそのことカリカリにしてくれていい、と思い「よく焼いてください」と言うのだが、そのときにも微妙なアウェー感がある。
職場の同じ部署に、焼き肉を食べに行くたび「お前いっつも肉めっちゃ焼くよなあ」とからかわれる先輩がいる。彼が元々いじられキャラだというのも一因だが、本当にもう毎回欠かさずそう言われ、みんなから笑われている。私は心の中で先輩に賛同し同情しながらも「肉の焼き加減一つでここまであげつらわれるとは」と、レア派がいかに一大勢力であるかを実感するのだ。恐ろしいことだ。
そして冒頭のくだりと同じく、この状況下では「私もよく焼いた肉が好きですよ」と自分からは言えるはずもない。先輩、本当すいません。
最後に苦手な点が脂身、である。
これは理解できる方結構いるんじゃないかと思う。ネット検索してみたら「肉の脂身 嫌い」という検索候補が出てきた。
「苦手な食べものは?」と聞かれた場合、「肉の脂身」と答える私である。
あれはかなりえぐい物体である。口にしただけでえづいてしまう。ステーキの肉部分はまだ口に入れて咀嚼することが可能なのだが、脂身はまた別なのだ。問答無用、口から喉、胃に至るまで私の身体が受け付けない。
なんで? と聞かれても、えづくから、としか言えないのが説得力に欠けるけれど……。さらに言うならそれを脂と思えば思うほど気分が悪くなってくる、というところだろうか。
霜降り肉なんて、余計なもの入れてんじゃないよと思う。最近は健康を考えて赤身の肉も流行っているそうなので一安心である。また「若いときはよかったけど、今は脂身とか無理」と職場の年配の方もよく言っているので、脂身については堂々と嫌いと言える、まだましな点だと思う。いや苦手なんだけどね。
……と色々ステーキが苦手である理由を吐き出してみたけれど。
単に私が本当にいいステーキを食べたことがないだけなのかもしれない、と思うことも無論ある。けれど、いざいいステーキを食べさせてくれるお店に行っても、恐ろしさのあまり結局私はハンバーグを注文してしまうような気がする。
何といっても、ハンバーグは万能だから!
周りを見渡せば(自分以外に)苦手な人がいない、この「肉」。
ということはつまり、「肉」はカレーやピザなどと同じように、万人が愛する食べものということなのだろう。
だとすれば私の味覚(触覚?)はなんて残念な作りをしているのだろう。カレーもピザも、あんなに美味しい。たまらなく美味しい。「肉」も本当はそのくらい美味しい食べものということだ! ああもったいない!
……いや。いやいや。
そんな発想の転換で食べられるようになるなら何年も苦労せんわな。
同じような思いを持った方、きっとどこかにいらっしゃるはずだ。いたらうれしい。
そして肉好きの方には、この世には肉が苦手な人間も存在しているということを知っておいてもらいたい、と思う。いやだからといって何か配慮してくれと言うわけではない。けれど、いるにはいるのだ。
――ちなみに。そんなことを言っているうちに、今度職場のランチミーティングでステーキ店に行くことなった私である――
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