第2話:人形と酒

 奥に入って色々と物色してみる。 堂々とした盗っ人っぽいけれど、刃の道場では勝てばある程度までは許されるのだ。 楽なところである。


 練習用の刀剣やら、神事のための道具やら、掃除道具やらと雑多に置かれているばかりで、特に目ぼしいものはない。

 まぁ、1件目はハズレか。


「あとはこの扉ぐらいだけど、鍵かかってるんスよね。 ぶっ壊すか」

『……壊すな。 ……我が手伝ってやる』


 ケミルの人形の糸がスルスルとほつれて出てくる。 その糸がゆっくりと鍵穴に入っていき、少しするとガチャリと音を立てて鍵が開く。


「おお、すごいッス。 ケミルの異能力ッスか?」

『ああ、糸を操る力だ。 リロイアと同じく弱い神だから、大した出力は出ないがな』

「いやー、便利ッスね」

『契約はしないぞ。 リロイアと契約している限り』

「分かってるッスよー」


 中に入って見ると、更衣室らしい。 匂い的に女の子用のところだ。 ゲヘヘ。 男はそこら辺で着替えるから必要ないのだろう。

 軽く探ってみるが、何も見つかりそうもない。


「うーん、ハズレっすね」

「何がだ?」

「ん? いえ、企業秘密……いや、国家機密ッスけど」

「ほう?」


 振り返ると先程の可愛子ちゃんが、はだけた道着のまま話しかけてきていた。


「うおっ、す、すまないッス」

「何がだ?」


 そのまま着替えようとした彼女を見て察する。 あっ、この子はだから見られても気にしないタイプだ。 と。


 やったぜ! と思いながら、身体を彼女の方に向ける。


「げへへ、えーっと、まぁ、少し気になることがあったんで探ってたんッスよ。 ハズレだったみたいッスけど」

『レイヴ、目を逸らさなければ、リロイアに報告するぞ』


 チクリはズルい。 リロにバレたら嫌われてしまうだろ。 仕方なく後ろを向いて目を逸らす。


「まぁ、これ以上、用もないから帰るッスよ。 あ、ここの道場の人、全体的に牙炎の型が出来てなさそうッスから気をつけた方がいいッス」

「……分かった。 ……ところで、波読の型とは何だ」

「ヒトタチ流の型の一つッスよ。 刃の神ヒトタチが作った五つ目の型ッス」

「それはありえない。 若い神であるヒトタチ様の人生はよく知られている。 晩年の彼女が生み出したのは、無形の型である牙炎の型で……」


 ヒトタチに晩年はまだ来ていない。 神として生きながらえて、剣士として鍛えている最中だ。 そう口にしても信じられることはないだろう。 神になったのは知っていても、それから新しい技を使ったとは思いもしないはずだ。


「というか、サナミさんって言ってたッスよね。 サナミ=ヒトタチ……本名ッスか?」

「ああ、私はヒトタチ様の子孫だからな」


 堂々と言う彼女を見て思う。 絶対に嘘である。

 あの神は未婚のまま、彼氏やら恋人やらの一人も作ることが出来ずに死んだはずである。 ついでに伴侶募集中のはずだ。


 いや、男性経験がないまま出産した……? 神だしありえるか?


「……どうかしたか?」

「いや、強いのも納得だなぁって思っただけッスよ

「お前に言われると、複雑だな」

「まっ、頑張るッスよ。 俺はまた別のところに行くッスから」


 出て行こうとしながら横目でチラチラと見ようとするが、着替える手が止まっているせいで肌を見ることが出来ない。


「……ヨク、と名乗っているらしい。 もう一人の道場破りは」

「……そっすか。 あざっす」


 あのアホか……。 あー、そういえば、俺への嫌がらせでヒトタチからとてつもないほどの加護を受けていたな。 それもあって力を持て余してしまっているとかだろう。


 部屋から出て、妙な視線を受けながら道場を後にする。


「うーん、流石に全部一人で回るのは無茶ッスかねー。 人数的に王都だけで充分ッスけど」

『邪神の教団など、個人で相手取るものでもないだろ』

「二人の女の子を救うためならえんやこらッスよ

『……どうするつもりだ』

「道場破りをしながら、ヨクってやつに会って話つけて協力してもらうッスよ」

『……知らぬ相手、信用するのは危険だろう」

「あっ、いや、幼馴染ッスから。 それに……』


 あいつは力を求めるが、それ以上に筋を通すタイプだ。 酷い贔屓でヒトタチに対してでもキレたように、納得出来ないことには絶対に手を貸さない。

 アホだが、邪神の信仰に手を貸すことは絶対にありえないアホである。


 話を聞いて味方になってくれるかは分からないが、味方にはならずとも個人で邪神の教団を探すぐらいは間違いなくしてくれるだろう。


『それに?』

「まっ、信頼出来るやつッスよ」


 それから夜になるまで二、三件道場をハシゴして探って見たが、邪神の教団はもちろんのこと、ヨクの手掛かりも見つけることは出来なかった。


 久しぶりの同門との対決に疲れ、腹が減ったがあまり飯屋がやっていないことに気がつく。


「……あー、酒場ならまだやってるッスね」

『リロイアは大丈夫なのか?』

「流石にお姫様のところに夜はいけないッスよー」


 変な噂を立てられると、ティルがお嫁にいけなくなってしまうかもしれない。


『まぁ、貴様のような女好きが行くわけにはならないか』

「ティルは範囲外ッスよ、流石に」

『リロイアの小娘も似たようなものだろ』

「いや、年齢の問題ではなくてッスね」


 妹はないだろ。 妹は。 という至極当然の理由ではあるけれど、まぁ下手に言って広まるとマズイので黙っておく。

 俺がダンディイケメン王子様ってバレると、イケメンすぎて世界中の女の子が俺を求めて争ってしまうので仕方ない。


 最悪、俺の取り合いで世界が滅びてしまう。 イケメンすぎて。


 酒場に入って、カウンターの席で店主に注文する。


「肉とパン……あとミルクをお願いッス」

「ハハッ、ミルクね」


 あっ、そういやリロがいないからミルクを注文する必要がなかったな。 と思いながら、俺を見て笑っている男を見る。

 横に座っている男は小馬鹿にしたように俺に言う。


「どうかしたのかい、坊や」

「いや、最近成人したばっかで酒って飲んだことないと思っただけッスよ。 美味いんスか?」

「美味いってより、これがなくちゃ始まらねえって感じだな。 マスター、この坊やに成人祝いの酒を一つ、俺の奢りだ」

「奢りっすか。 いい人ッスね」

「おうよって変な訛りがあるな、田舎もんか?」

「そっすね。 ここには最近きたばっかッスよ」


 ドン、と俺の前に置かれたミルクと酒。 恐る恐る酒を手に取ると、ケミルが俺に言う。


『おい、呑んでもいいが無理はするなよ』


 軽く頷いて口をつける。 そう変な味はせず、少し苦いだけだ。


「んー、不味くも美味くもないッスね」

「成人したてなんてまだガキだな。 ほら、このツマミも食え」

「うわっ、しょっぱ!」

「それをこうやって酒で流し込むんだよ」

「……早死にするッスよ?」

「酒を飲まずに生きるぐらいなら死んだ方がマシなんだよ」


 とりあえず酒を飲みながらおっさんのツマミを横取りして肉とパンが来るのを待つ。


「それにしてもお前汗臭いな」

「あー、さっきまでちょっと刃の道場に行ってたんス」

「じゃあ、刃の信徒か。 あいつら堅苦しくて面倒くさくねえか?」

「いや、信徒じゃないッスよ。 ヒトタチ流は使うッスけど」

「ふーん、じゃあどこの信徒だ? 水じゃないだろうけど」


 水の信徒は戒律で酒が飲めない……と誤解されている。 アオイはそんなことを気にしていないので、そういう戒律はない。

 まぁ多分聖女様がすぐに誤解を解くだろう。


「あー、白鴉の神、リロイア様の信徒なんスけど。 まぁ知らないッスよね」

「あー、リロイアね、リロイア……」

「えっ、知ってるんスか?」

「いや、知らねえ。 マイナーな神を選ぶって変わってんな。 最近の若者はすぐ人気のあるところに行っちまうから」

「あー、そりゃそうッスね」


 俺もモテたいから光の神ライトのところに行こうとしたので、なんとも言いにくい。

 今でも若干の憧れがある。 まぁ……リロと少しずつできることを増やしていくのも悪くないけれど。


「おっちゃんはどこの信徒なんスか?」

「んー、土の神ブラウ

「忍耐を美徳としてる神なのに、ここで酒なんて飲んでていいんスか?」

「神の権能なんて、所詮は限られたパイの奪い合いだろ? 俺がもらう能力が少ない分、他の奴がもらってるんだから問題ないんだよ」

「あー、まぁ確かにそうッスね」

「みんなが我慢してももらえる能力の総量は同じなんだから、みんな適当にやってりゃいいんだよ。 基本、あいつらバカだぞ。 自分が無駄に我慢して自分の首を絞めてる。 みんな俺みたいなんだったらもっと楽な上に能力も変わらないってのに」


 一理ある。 全員頑張っても、全員頑張らなくてももらえるのが同じなら頑張らない方が得だ。 頑張る時間や気力が他のところに回せるしな。


 やってきた肉とパンを口に入れて、少し体が暑くなってきたのを感じる。


「とは言っても、生きるの大変じゃないッスか?」

「いやぁ、最低限はくれるし、ブラウの能力は結構潰しが利くから楽に生きれるぞ」

「いいッスねー。 あー、これ美味いッスね」

「おっ、いける口か、もっとぐいっと飲めよ。 お前の……白鴉の神の能力はどんなのなんだ?」


 俺は空いたコップに水を発生させる。


「おっ、水系の神なのか。 便利そうだな」

「まぁ、弱い神なんでこれぐらいしか出来ないッスけどね」

「んー、しょぼいな。 他にはないのか?」


 2杯目の酒を飲みながら、ふふふと笑う。


「あるッスよ。 カラステータス!」



 《カラステータス》

 名前:知らないおじさん

 年齢:知らないおじさんとなんで一緒にいるの?

 身長:先に部屋に帰ってきて長いこと待ってる

 体重:流石に遅いと思う

 契約:怒ってます、早く帰ってきて



 おっさんのステータスではなく俺への要望である。 というか……ティルのところに止まっているのではないのか。

 腹の中に、注文したしていたものを詰め込む。


「用事あるの忘れてたッス! おっさん、また会ったら」


 金を払ってから急いで外に出る。 怒らせてしまった。 別に怖くはないけれど、可愛い女の子に嫌われるのはどうしても避けたい。


 結婚したい可愛い女の子ランキング(俺調べ)第1位(1票)のリロならば当然より避けたい。

 猛ダッシュで走る。


『酒を飲んでるのに走ると、酒気がまわるぞ』

「えー、大丈夫ッスよ。 全然酔ってないッスから」

『本当に大丈夫か?』

「へーきへーき、リロちゃんのために急ぐッスよー」

『ダメそうだ』


 急いで自宅に帰り、ベッドの上で横になってるリロに抱きつく。


「げへへ、可愛いッスねー」

「……ん、ど、どうしたの? かあ」

『……酒を初めて飲んで酔っているらしい』

「りろー、ちゅーしたいんで人間の姿になってほしいッス」

「か、かあ……」


 人間の姿にならず、リロはちょんちょんとベッドの上を跳ねて俺から逃げる。


「待つッスよー、もうその姿でもいいからちゅーさせるッス」

「へ、へんたいっ」

「げへへへ」


 リロを追い詰めて持ち上げキスしようとすると、人化したリロに手で押される。 けれど、能力を使っていない人間の中では圧倒的な腕力を持つ俺が、少女の筋力で対抗出来るはずもない。


「げっへっへっへ、かわいいッスねぇ」

『……我は何を見せられているんだ』

「んぅ……レイヴくん、やっ……。 酔った勢い、よくない」

「酔ってないッス」

「……むーど、ほしい」

「えぇ……難しいこと言うッスね」


 ケミルに『キスはいいのか』と突っ込まれながら頭を捻る。

 ムードの良いところ……あれだろうか、やっぱり高いところで星空を見ながら的な。

 ここら辺で一番高いところと言うと……。


「城か。 今から城に行くッスよ」

『おい、馬鹿、もういいから寝ろ』

「いやっす! 俺は可愛い女の子とキスをしたいんスよ!」

「……お城に行っても、しないよ?」


 フラれた……悲しい。 何故俺はモテないんだ。 ベッドに倒れて涙で枕を濡らす。


「ずるいッス……みんなずるいッス! 俺だって可愛い女の子とイチャイチャして生きていたいのに、なんで俺だけモテないんスか……」

『……いや、めちゃくちゃ好かれてるだろ』

「愛されたいッス……誰でもいいから女の子に自分を特別に思ってほしいッス……」

『割と最低なこと言ってるぞ、お前』

「ケミルには分かんないッスよ! 女の子に可愛がられてたんッスよね! このモテ男!」

『我に性別はないが……人形だぞ』


 性別はない……つまり男ではないのか? 人形の姿は女の子なわけだし、むしろ女の子なのでは? 声がちょっと渋いだけで。


「ケミル、ちゅーしていいっす?」

『何故その結論に至った! いいわけないだろ!』

「ちょっとだけッスよ。 ちょっとだけ……」

「……ダメ」

「えー、リロのけちっす。 愛がほしいっす」


 ぴょんぴょんと白いカラスが跳ねて、俺の顔の横にくる。 そして、俺の頰を突いた。


「いたっ! ッス!」

「……今日は、これだけ」


 リロは逃げるように離れて行く。 今、頰を突かれた……もしかして、これはキスなのではないだろうか。


「げへへ……げへへへ、キスしちゃいましたよ、俺、女の子とげへへへ」

『それでいいのか……お主』

「げっへっへっへ、もう悔いはない……ッス」


 眠たくなったので多幸感に身を任せて目を閉じる。


『自由すぎる』

「……お酒飲ませたら、ダメ」

『そうだな」


 神々の言葉を聞きながら、意識を夢へと飛ばした。

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