第1話:人形と心配
「王都は物騒ッスねー」
鎖で縛った刺客の横に座り込む。 近衛魔術師という妙ちくりんな役職に収まってから一週間。
毎日のように刺客がやってくる。 もっと毒を盛るなりなんなりあるだろう。 完全にアホのやり方である。
「いや……以前はこんなことはなかったんだが……」
シャルロッテ、王女ティルヴィングの護衛をしている騎士であり、俺の嫁候補でもある彼女が神妙そうに眉をひそめた。
「と、言うと……聖女様が
「それで何故、ティルヴィング様のところにまで?」
「んー、例えば、聖女様を立ててクーデターしようとしてる人がいるとか?」
「おい、滅多なことは……」
「いや、聖女様がそんなことしないのは分かってるッスよ。 でも、教会が王家から民衆の支持を奪いたいってのは確かなんスから。 ありえなくはないッスね。 ……まぁ、ロクでもない神に唆された人間の考えなんて分からないッスけどね」
刺客から取り上げた邪神の加護のついたナイフを軽く弄って、溜息をつく。
「……教会が邪神を祀っていると?」
「これだけの神の力を使うの、結構な信徒が必要っすからねー。 ある程度の規模ではあるッス。 なぁ、リロ」
頭に乗せていた白いカラスの神、リロイア=レーヴェンは「かあ」と鳴く。
「……ん、もしくは、偉業を遂げた人」
「そうなるともっと目立つッスね。 それだけ目立つ人が活動するってなると」
「……結局は、大規模な人数」
「ということッスよ」
「いや、私は神の声が聞こえないからお前の声しか聞けないんだが」
「はー、これだからシャルは。 何にせよ、大人数がいるってことッスよ。 経験不足な神のリロとケミルだと具体的には判断出来ないみたいッスけど」
兵達に刺客を引き渡して、最近襲われすぎて憔悴しているティルの元に向かう。
「……シャル、邪神は二重信仰を嫌わないッスから。 気をつけるッスよ」
「ああ。 分かっている」
俺がリロと契約したことで、他の神と契約出来なくなったのは言ってしまえば「単なる嗜好」の問題でしかない。 神が「なんか腹立つから嫌」というだけであり、それを乗り越えれば二重契約や多重契約は可能だ。 ……それも容易に。
人から忌み嫌われる神である場合、いつ滅ぼされてもおかしくないことで切羽詰まっている。 多少気が乗らなくとも、既に神と契約している人物でも契約するだろう。
溜息を吐きながらティルを見ると、彼女は薄く微笑んだ。
「大丈夫っすか?」
「あっ……はい。 怪我はありません」
「怪我の話じゃなくて、心の話ッスよ。 こうも頻繁に敵意向けられてちゃ、嫌な気分にでもなるんじゃないかと思ってッスね」
「……レイヴさんは……グレイお兄様みたいですね」
弟の名前を出されて少し驚く。 一瞬「そんな赤ちゃんみたいだろうか」と思ったが、グレイが赤子だったのはもっと昔のことだったか。
「あー、じゃあ、王子様も俺に似てダンディズム溢れる美形なんすね」
「ふふっ、はい」
くすりとティルは笑い、シャルに軽口をジトリとした目で責められる。
彼女に兄と明かすことは出来ないが……なんとかして甘やかせることは出来ないだろうか。
「かあ……こんな小さな子まで……」
「別に変な目で見てるわけじゃないッスから」
リロに頭をガシガシされたあと、リロはぴょんと跳ねてティルの頭に移動する。
「あっ、リロちゃん。 ん、えへへ」
「おい、リロ……戻ってくるッス。 無礼ッスよ」
「いえ、いいんです。 仲良しさんですから、ね」
リロは俺から顔を背けて、ティルの頭から降りて彼女の腕に収まる。
「……まぁ、お姫様がいいなら別にいいっすけど」
「えへへ、お友達が出来たの初めてなんです」
「かあ……私も……」
「……そっすか」
少し笑ってから、リロを置いてその場から離れる。 俺がいない分、グレイやドラ坊、それにティルにも負担をかけたのだろうか。
まぁ、いた方が迷惑だろうが。
妹から離れて、シャルの元に向かう。
「……明日の休日にでも、少し探ってみるッス。 王女様は頼んだッスよ」
「ああ、助かる」
休憩の時間に入ったので、自分の部屋に戻り鞄からケミルを取り出す。
リロをティルに預けたままなので、珍しいことに今はケミルと二人きりだ。
『……レイヴ。 少しいいか?』
「どうしたッスか?」
『……邪なる神の力が明らかに前よりも強まっている。 以前は他の神との繋がりを一時的に断つ呪い程度だったが……あの様子だと、深く斬られれば魂を穢されかねない』
「あー、じゃあ、他の奴が被害を受ける前に解決しないとッスて」
『……逃げろと言っている』
「……まぁ、精神的には貴族よりも偉いッスから、ノブリスオブリージュってやつをしないとダメなんすよ」
『馬鹿が』
どちらにせよ、聖女様やティルを見捨てるわけにもいかない。 逃げるという選択肢はありえないものだ。
武装をいくつか減らして身軽になり、すぐに部屋から出る。 今からの時間も使えば少しは捜査も進むだろう。
コップを手に持ち、聖女様を救ったことによりアオイからもらったお礼を発動する。
「カラス神第二の権能【カラ水】!」
手に持ったコップの中に、丁度1杯分の水が生まれる。
聖女様を助けたことによって、リロがアオイからの礼として水を司る方法を教わった。
現状は一日にコップ3杯分の水を出現させることしか出来ないけれど、あれば色々と便利である。
コップの端をチリンチリンと鳴らすと、少女の声が響くように現れる。
『どうかしたかの、レイヴ。 契約ならせんぞ』
「それはリロも嫌がるからいいッスよ。 ……邪神を信仰する人は見つかったッス?」
『……いや、なかなか難しいのじゃ。 他の神は「お気に入り」に被害がないからと我関せずと言った具合での……』
「
『……関わりたくないのじゃ』
「ワガママ言ってるんじゃないッスよ。 聖女様の命がかかってるんスからね?」
『だって、あいつ儂のことをぺろぺろしようとしてくるんじゃもん』
「なら、俺がクラヤのことをぺろぺろし返すッスから、それでいいッスね」
『いや、それ何も解決してな──』
コップの水を飲み干してアオイの言葉を無視する。 ……やっぱり、神頼りで教会を調べるのは難しいか。
そうなると、潜入捜査をするしかないか。
不慣れな潜入で、もしバレたとしても一番後腐れがなさそうな教会は……刃の道場か。 最悪、あいつらは殴れば納得してくれる心優しい人達だ。
「ケミ公、ちょっと派手にやるッスけど。 リロには内緒でお願いッスよ」
『いや、我もお主が無茶をすることには反対で……』
「でも、分かってくれるッスよね」
『それをいいことにして、やっていい理由にはならない』
小言ばかりの少女型人形おっさんである。 ずんずんと街を歩いて、少し人通りの減った、人の声でうるさい道に入る。
木刀がぶつかる音や、人の叫び声。 知っているところとは全然違う場所であるのに、懐かしい気分になれる。
広い道場の割に狭い扉を潜ると、汗の匂いと熱気が頰を撫でる。 男の臭いで顔を顰めるが、視線の端に女の子も見えたので普通の顔に戻す。
「たのもー。 道場破りにきた、レイヴ=アーテルッス。 一番強い奴……といっても多分出てきてくれないと思うんで、適当に手が空いてる人は頼むッスよー」
『レイヴ……お前、正面からか』
正面からが一番手っ取り早いのが刃の道場である。
ほとんどの人がコソコソと話したあと訓練に戻る。 奥の人はそもそも声が聞こえなかったのだろう、反応すらない。
近くにいた数人が、爽やかな笑みでこちらにやってきたのを見て、上着を脱いでそちらを見る。
「道場破りって、最近流行ってるのかな? 他の道場がやられたって聞いたんだけど……君がやったの?」
「いや、知らないッスね。 俺じゃないッス。 とりあえず、ここがひたすら道場破りしていこうと思ってる第1号ッスよ」
ニコニコとした笑みを浮かべた坊主姿の男が、笑みを崩さないまま木刀を俺へと振るう。
俺はそれを正面から手で受け止めて、木刀を手元に引きながら坊主を蹴り飛ばし、木刀を奪う。
「おーおー、わざわざ獲物を貸してくれるなんてやる気満々ッスね。 んで、相手してくれるのは誰ッスか?」
坊主が呻く。 吹き飛んだ坊主を見て、周りの信徒達が騒めく。
木刀を肩に乗せて、靴を脱いで揃えて道場の中、真っ直ぐに歩く。
基本的に血気盛んな刃の道場の中、挑んでくるものが少ないのは……あそこで延びている坊主が案外実力者だったからだろうか。
挑んできそうな奴がいないか見回す。 明らかに動きの悪い、奴が後ろから飛びかかってくるので、木刀で木刀を弾いてあしらう。
おっ、あの隅っこにいる女の子可愛い。ヒトタチの信徒の女の子は、全体的に身体が引き締まってシュッとしていて健康的な魅力がある。
基本となる刃を振るうという行為のせいで、女の子から人気がなく信徒は少ないけれど……女の子のレベル自体は決して低くない。
特にあの黙々と素振りをしている女の子なんか、めちゃくちゃ可愛い。
しばらく見惚れていると、その女の子は額を手拭いで拭ってからこちらにやってくる。
すると、周りがざわつき始めた。
「……あいつ、この一瞬で一番の実力者を見抜いたのか!?」
「初めから俺達には目もくれず……!」
どうしよう。 可愛い子を見ていただけなのに勝手に評価が上がった。
ざわめく道場の中、取り乱すとカッコ悪いと思い、ニヤリを口角を上げる。
「レイヴ=アーテル。 流派はヒトタチ流ッス」
「サナミ=ヒトタチ。 流派はヒトタチ流、得手とするは瞬閃と鉄鎧の型。 ……いざ、尋常に……!」
えっ、得意の型とか言った方が良かったの? そう思うが、一番気になったのは……家名がヒトタチ、って。
思考に集中せずに目の前の彼女の相手をしなければ、そう思っていたが、彼女は一向に動く様子がない。
……得意なのは、攻撃の型である瞬閃の型と、守りの型である鉄鎧の型と言っていた。
もしや、歩法が苦手だから、その場で動かずにいるつもりなのだろうか。
非常に珍しいタイプだ。 ヒトタチ流は歩法である撃矢の型を最初に学ぶのが基本であり、それ故に撃矢が苦手というものはほとんどいない。
俺も苦手だが……珍しい。
「……得意なのは、牙炎の型と波読の型」
「……波読?」
「勝負ッスよ」
相手の出方を伺う。 どうせ苦手な歩法は下手にやっても見切られるだけなので、何の技もなくただ歩いて近寄る。
正道の修めを行なったもの周りからすれば異様に映るのだろう。
ヒトタチ流の剣士同士は、勝負の開始と同時に跳ぶ。 目にも映らない高速機動の中で、相手を見切って削り合う。
だが、俺たちの戦いは酷く静かだ。
俺は普通にゆっくりと歩き、彼女は息の音すらなく構えて待っている。
一歩、また一歩。 息の音が聞こえる。 まだ遠い。
木刀の先がぶつかる。 ……あと、半歩。
「おい、これは一体──」
男の声が引き金になったように、彼女の肩から先が消える。
──ヒトタチ流・瞬閃の型【破剣一太刀】
木刀の先に凄まじい衝撃が走るが、緩く握っていたお陰で折れることはなく地面に落ちる。
木刀がなくなり自由になった手が振り下ろされた彼女の手を握り、その抵抗しようとした力を利用して彼女の体勢を崩し、たたらを踏もうした脚を柔らかく蹴りながら、握った手を捻って押し倒す。
──ヒトタチ流・波読の型【無剣不断】
衝撃が加わって目を見開く彼女から木刀を捻り取り、首の横をトントンと叩く。
「俺の勝ちッスね」
「……ああ」
背に衝撃を受けて目を見開くとは、心の底から剣士らしい。 怪我をさせないように手段を選んだが、無礼な行いだったかもしれないと後悔する。
「挑んでくるようなら、相手するッスけど、どうします?」
彼女と密着することを名残惜しく思いながら立ち上がり、落としていた木刀を拾いながら周りを見渡す。
木刀の先が爆ぜたかのようになっていることに、彼女の剣による衝撃の凄まじさを感じて、内心ビビりながら宣言する。
「じゃあ、この道場は俺の物ってことで好きにさせてもらうッスよ」
ざわめきを聞きながら、道場の奥に向かって歩く。
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