第3話:剣神と覚悟
酷く暗く何も見えない。
『……聞こえますか。 数多八百万の神の声を聞く者、レイヴァテイン=アークナインテイル』
「……クラヤッスか」
真っ暗なはずなのに、より一層に暗い何かが見える。
酷く心が安らぎ、心が折れそうになる感覚……。
「ちょっと近づきすぎっすよ……」
『私も寂しいのですよ。 聖人』
落ち着いた女性の声は少しばかり、体に毒だ。
凍てつくほどに暖かく、目を奪うほどに暗く、慈愛を以って命を奪う神。
あくまでも夢の中、この場では現実に干渉することは出来ないはずだが……。 それでも、息が詰まって呼吸すら出来なくなる感触。
『死せれば、貴方も神になって、我らといてくれることでしょうに』
「可愛い女の子とイチャイチャもしてないのに、死ねないッスよ。 というか、そのマジトーンなんなんスか! 怖いんスけど!」
『……
あの神……マジかよ。 すごく面倒臭い。 道場に行っても無視だったくせになんだアイツ。
「まぁ、教えてもらっておいて信徒にならなかったのは申し訳ないと思ってるッスけど」
『ヒトタチは貴方を自分好みの男に育てようと頑張っていたのですよ』
「ドン引きッス」
『私は子供好き仲間と思っていたけど……あれは手を出すつもりで引いた』
「いや、クラヤも相当あれッスよ。 ……そもそも、死んで神になるのなんて可能性低いと思うッスけど」
『……レイヴァテインは神になるでしょうね。 なんとなく、分かるものです』
ぬるりと、暗闇が俺の首筋を撫でる。 命を持っていかれるのではないかと思い、身を委ねてしまいそうになる。
陰陽が無理矢理に捻じ曲げられる権能。 ……商人のおっさんにかけてもらった闇で目が効くようになる異能と同様に……クラヤは反転させる力を持つ。
使おうとするつもりがなくとも、クラヤの前では思考を保つことすら酷く困難だ。
『死んでもらうのが手っ取り早いのですよね。 ……伴侶を得れば、ヒトタチも静かになるでしょう』
「マジで勘弁ッス。 俺がいなくなったら、ケミルはまだしもリロとか消滅の危機ッスし。 神が減るのはクラヤにとっても本意じゃないッスよね?」
『……なら、あれは私が貰い受けましょう。 おそらくは、相性が良いので眷属神にでもなれましょう』
眷属神……とは、別の神に仕えている神のことだ。 小間使いをする代わりに力を分け与えられる。
例えば、河の神……ナルルガ=シーアクエキは水の神、アオイ=シーアクエキに仕えており、アオイから力を託されて、あの街の魔物を適度に狩っている。
神としての誇りの問題もあるだろうが、信仰されない神でも力の消失による消滅が免れるなどの利点があるそうだ。
神同士の神性が近くなければなれないらしいが……太陽に近い闇であるクラヤと、飛べない鳥で白いカラスであるリロは確かに近いような気もする。
『私もですが、珍しい系統の神性ですからね。 長く生きて初めての眷属ですから、ちゃんと可愛がりますよ』
「ロリが欲しいだけだろお前……」
『眷属も欲しかったのですよ? 聖人』
「も、ってなんだ。 も、って……。 リロの身は俺が守るッス」
『いえ、聖人よ。 貴方のような浮気者のクズより私が守った方がいいはずです』
「浮気どころか、彼女出来たことないッスよ。 というか、ロリならなんでもいい奴にクズなんて言われたくないッス」
『女の子なら誰でもいい貴方に言われたくないですね。 貴方の初恋もヒトタチだったでしょう? もう初恋に殉じたらいいじゃないですか。 相思相愛、ね?』
「初恋じゃないッスよ! 初めてエロい目で見たのがあれだっただけッスから!」
幼い頃の自分を知られているというのは酷く不利だ。 特にクラヤは話していなくとも夢から俺のことを知ってきたりと、非常に面倒くさい。
『まぁ、なんでもいいですけど……あの頃からでしたよね? 貴方が稽古に積極的になったのは』
「あーあーあー! 聞こえないッス! 全然聞こえないッス! ヒトタチはないッス! だってあれ怖いッスもん!」
『案外あれも可愛いところありますよ? 見た目もほら、人間の感覚では美しいでしょう? あとはほら、見た目とか……相貌とか、顔とか、容姿とか……ね?』
「見た目オンリー!!」
他にも可愛いところぐらいあるだろう。 案外優しかったり、お茶目なところがあったり、花やドレスが好きだったりと結構少女趣味だったりと。
『何にせよ……。 断るつもりならちゃんと断ってあげないと可哀想ですよ? 独り身を拗らせているのに……』
「いや……その、告白とかされたわけでもないッスから」
『あの子は昔に読んだ本の影響で、本気で王子様が迎えに来るって思っていますよ。そうでなくとも。拗らせているあの子から愛を告げることはないと、貴方にも分かっていることでしょう』
あれ、なんで俺が責められているんだ。 付き合ってるわけでもないのに優柔不断の浮気野郎的に責められている。 おかしい。
『とりあえず、ヒトタチには話しを付けておきますから、明日同じ時間に寝てください。 私はもう愚痴を聞きたくないのです』
「いや……待ってッス。 マジで? あれと二人で会話するのにはちょっと心構えが……」
去っていくクラヤへと手を伸ばそうとすると、何故かリロの羽を掴んでいた。
「……ん、レイヴくんの、えっち……」
目が覚めたらしい。
羽はもふもふと心地よいが、最悪の目覚めである。
ヒトタチとクラヤ、厄介な神二柱による悪夢のコンボが俺を待っている。
大きく溜息をついて、カラス形態のリロをもふもふとする心地よい。
「……レイノーラさんに、お手紙渡しに行く?」
「あー、そういえばそんなのもあったッスね」
手紙に加えてクラヤからの言伝もあるので早いうちに会いに行かなければならないだろう。
刃の道場には顔を出さない方がいいだろうし、他の神殿や教会に行く場合は権力を行使する方がスマートだろうけれど、それを使う許可を得る必要がある。
まぁ他にも可能性は下がるとはいえ、商会やらどこかのデカイ組織やらが邪神を崇拝している可能性もあるけれど、そちらは多分もっと別のやつが探ってくれていると思う。
『今日も昨日のようにするのか?』
「いや……んー、レイノーラさんに会いにいくッスよ。 ヒトタチと会話する目処がついたッスから、道場は避けるッス」
『ヨクとやらはいいのか?』
「あいつスケベなんで、レイノーラさんに会いにストリップショーのところに行けば会える気がするッス」
『……いや、スケベだったとしても遭遇率は低い気がするが』
ケミルの問いに答えて、軽く身支度を整える。 朝食は適当にそこらの屋台で買って食べればいいだろう。 何せ俺は、国仕えの高級取りである。
そう思って出ようとすると、扉がノックされ、俺は返事をしながら扉を開けると……仕事着の鎧を着たシャルが立っていた。
「おはよーシャル」
「ああ、おはよう。 レイヴ、お前に客が来ているぞ」
「客ッス? ほとんど知り合いいないはずなんスけどね……」
同じく寄宿舎に住んでいる彼女は、案内するように先に歩く。 玄関近くのホールに向かうと、一人の少女がこちらを見たいた。
「あっ、サナミちゃん。 どうかしたッス?」
俺が彼女に声をかけると、ゴンッとシャルに横腹を小突かれる。
「ここに来て間もないというのに……女友達とは、浮かれた真似を……」
「えっ、いや、友達じゃないッスよ。 昨日会ったばかりの子ッス」
「それを呼び出すとはお前はつくづく……」
何故か怒った様子のシャルにリロを手渡し、可愛いもので機嫌を取る作戦を実行しながら、サナミに話しかける。
昨日と同じように道着、それに長い黒髪を後ろで結んでポニーテールにしている格好だ。
「どうかしたッス?」
「父が、お前と話しをしたいそうだ。 波読の型に心当たりがあるらしくな」
「……あー、いや、俺もかなり忙しいッスから。 ちょっといけないッスね」
「……なら、今日、お前に着いて歩いていいか?」
「仕事でもないから構わないッスけど……」
可愛い女の子がデートしてくれるなら断るという手は俺にはない。 例え、行き先がストラップ劇場でも、それに変わりはない。
「……大丈夫なの?」
リロに尋ねられたので頷く。 大丈夫だろう。
『大丈夫じゃないだろ。 どこの世界に知り合ったばかりの女とストリップを見に行くやつがいる』
「かあ」
早速サナミちゃんと四人で出かけようとしたところ、シャルに不機嫌そうな顔で言われる。
「買い食いなどの、品位が下がる行いはするなよ?」
「……りょ、了解ッス」
ストリップショーはセーフだと思おう。
リロを頭の定位置に乗せて、劇場に向かう。 昼に行って会えるのだろうか。 まぁ、会えなくても誰かに手紙を渡せばいいだけだけど。
「レイヴは、何故そんなに強い。 私よりも歳下に見えるが」
「あー、師匠が良かったんスよ」
「……よほど高名な人物なのだろうな」
そりゃ、この国で一番有名な剣士である。
「まっ、秘密ッスよ。 それで、波読ッスよね」
「ああ、教えてくれるのか?」
「同門ッスから、隠す気にはなれないッスよ。 歩法の撃矢の型、攻撃の瞬閃の型、護法の鉄鎧の型、戦法の牙炎の型、それに対人の波読の型ッス」
「……少し、分からないな」
「知ってるとは思うッスけど……。 最近流行ってる正道の修め、歩法から学ぶ理由は分かっているッスよね?」
「ああ、単純に避けて斬れば勝てるからな」
「そんな理由もあって、撃矢と瞬閃ばっかり人気なのが昨今のヒトタチ流ッスね。 間違ってはいないッスけど」
何より強さが分かりやすい。 敵の攻撃を当たらずに敵を斬れば、間違いなく勝てるというのはやはり強みだ。
「特に、牙炎の型はほとんど使い手がいないッスね。 まぁ、剣術なのに、拳でぶん殴ったり、噛み付いたり、土をかけたり、大声で威嚇したりと、だいぶそれらしくないというか……基本イロモノの喧嘩殺法ッスからね」
ヨクのように、牙炎の型を中心にしている剣士はかなりの変態である。 本気になったら剣を投げ捨てる系剣士だもん、あいつ。 ライバルだけどライバルと思いたくない。
「波読の型は、無剣を前提にした剣技ッス。 剣の使えない状況のための技ッスね。 一応剣を使った技もあるッスけど」
「……私も、剣を捨てたお前に負けたな」
「牙炎と波読は、正道の三つでは対応しきれないものを中心とした型ッスね。 撃矢→瞬閃→鉄鎧……といった順で修めるのが正道で、波読→牙炎→鉄鎧……って反対から修めるのが逆式。
特段、型に優劣があるわけじゃないッスけどね」
「……つまり、ただ単に私が劣っていたということか」
「いや、そういうわけでもないッスけど。 技を知らないのと知ってるのでは差が出るってだけッスよ。 ……あっ、動物連れて行っても大丈夫な店とか知ってるッス?」
「……いや、外食はしないのでな」
リロの分だけ買うのならシャルも怒りはしないか。 リロが好きそうな甘い菓子を購入して、少し違って頭の上に乗せる。
「かあ……ありがと」
「ところで、どこに向かってるんだ?」
「えっ、……ストリップショーの劇場ッスけど」
サナミの目から光が消えた。
劇場に着き、受付のおばちゃんに手紙を渡したいからレイノーラに会いたいということを伝えると「客じゃないなら帰りな」と言われたので渋々嬉々として仕方なく大喜びでチケットを購入する。
「はい、俺の奢りッスよ」
俺はキメ顔で言った。 サナミはどこか冷たい目で礼を言って受け取った。
「かあ、私……1歳だけどみて大丈夫?」
「んー、まぁ夜やってるの以外は過激じゃないみたいだから大丈夫じゃないッスか? 水着になるだけみたいッスし」
「誰と話してるんだ?」
「神」
サナミに「こいつやべえやつだ」といった目で見られる。 理不尽だ。
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