第10話:カラスと少年と宝石

 拳に付いた魔物の血を払って、鎖で縛って引く。

 この町は魔物との戦闘に従事するものが少ないのか、そう探し回る必要もなく出会うことが出来ていた。


 とりあえず午前のうちに、昨夜と同じところに寝泊まりする程度の金銭は手に入れられそうだ。

 町の門を潜って中に入ろうとした時に、俺の脇から小さな影が通り過ぎていった。 一人の子供が走って町の外に出ていったらしい。


「ちょっと、追い掛けるッスね」


 リロには悪いけれど少し気になる。 というか、普通に危なっかしい。

 鎖を引きながら子供に追いついて、肩を掴んで止める。


「町の外は魔物が出るッスよ」


 暗い青色の髪がボサボサとしているが、服装はそれほどボロくはなく、生活に困窮している様子には見えない。

 腰に差してある短剣を見てから、鬼ごっこをして出てしまったという説もなさそうだ。


「分かってるよ。 だから出てきたんだ」


 少年は俺を睨み、肩を怒らせて大股で草原を歩いていく。 放っておいた方がいいのかと迷ったとき、頭の上の神様が導きの言葉をくれた。


「あの子、指先」


 見てみれば確かに震えている。 俺もあれぐらいの年頃では少し武の心得があるのと怪力なだけで実戦経験はなかった。 少年も同様なのかもしれない。

 足運びは悪くないけれど、同じ年齢の時の俺と同じ程度ぐらいだろう。 武の心得もありそうだが、心配だ。


 もう一度呼び止めて、尋ねる。


「なんで魔物を狩るつもりなんスか?」

「うるさいな。 金がいるんだよ」


 少年は俺を睨むが、その威勢は空回っているように見える。

 武道を軽く納める程度の家庭であれば、育ちはそこまで悪くないはずだ。 町の外に出て魔物を狩るのがどれほど危険かぐらいは分かっているだろう。

 よっぽどのことでもあるのかもしれないと、少年の顔をみる。


「じゃあ、俺の引いてるこれ一体持って。 一体の売値の半分、小遣い代わりにあげるッスよ」


 目をぱちくりと動かして、少年は俺の顔を見る。

 俺は適当な一体を鎖から外して少年に渡す。 少年の体に近いほどの魔物の身体を受け止めて、少年は尻餅をつく。

 それからやっと頷いて、魔物の死骸を背負った。


「まぁ、頑張れッスよ」


 少しだけ軽くなった鎖を引いて、町の方に戻る。 少年は重さにふらつくが、あまり気にしないように先々歩いていく。


「待ってあげないの?」

「待ってあげないッスよ。

あの子はマトモに持ち運べないぐらい重いものを倒そうとしてたんスよ。 それを分からせるために持たせたんスから」


 尤も、流石に町の外に置いていったりは出来ないので、魔物が来ても庇える程度の位置は保っておく。

 町の中から必死に運んでいる子供を呼ぶ。


「ほら早くしてッスよー。 置いてっちゃうッスよー」


 少年は町の中に入って、俺を睨む。 笑って返して置いて、今度は少年に合わせながら歩く。


「重いッスか?」

「んなもん、重いに決まってるだろ」

「それと戦おうとしてたんスよ? そこんとこ、わりと忘れちゃダメッスの」

「……ああ」


 少年は口籠る。 幾らお金が必要な理由があろうと、無謀は無謀である。

 まぁ、俺も似たような時代があったので、そう強くは言えないけれど、自分がどれぐらい無謀なことをしていたのかぐらいは身を以て分かったらいい。


「んで、なんでそんなにお金が必要なんスか?

まぁだいたい予想つくッスけどね」


 ふらついている少年を軽く支えてやる。


「どんなの?」


 リロが尋ねたので、そのまま予想を言う。


「十中八九、女の子にプレゼントを買うためッスね」

「違う」

「それ、レイヴくんぐらい」


 二人に否定されて少し傷つく。


「じゃあ、聖女様のブロマイドを買うためッスか?」

「いらない」

「あー、お姫様派ッスか。 ヨクとはよく聖女様とお姫様のどっちが可愛いかって喧嘩になったッスねー」

「違う」


 じゃあ何だと言うのだろうか。


 ちなみに聖女様は金髪蒼目のロングヘアが美しい女の子だ。 大人しく優しい人柄で、職業柄なのか修道服を身に纏っているが、その上からでもボンキュボンが分かるぐらい素晴らしいり

 お姫様は黒髪黒眼の女の子で、よく知らないが読書とかが好きらしく真面目で地味な感じの子だ。

 お姫様もすごく可愛いけど、俺は聖女様派である。


 その後も女の子の名前を出していくが、少年の


「お前の頭の中は女のことしかないのか」


 という鋭い一撃に黙らされてしまった。 あと、リロが頭の上で軽く爪を立てていて痛い。


 まだまだおっちゃんの店が遠くにあるのだが、少しずつ少年の足取りが不安定になり、何度か蹌踉めくようになっていく。

 もう限界かと思ったが、何か譲れない想いがあるのか、脚を震わせながらも歩き、前のめりに倒れた。


 背負っていた魔物のせいで立ち上がることも出来ないらしく、俺は空いた手で魔物を持ち上げ小脇に抱え、少年の身体も持ち上げる。


「よしんばその小さな剣で魔物を倒せても、町の外で倒れたら終わりッスよ」


 少年から返事はない。 少し説教くさかっただろうか。

 頭にカラス、右手に子供、小脇に魔物、左手で魔物を結んだ鎖を持っているためにか、奇異の目で見られる。

 少し早歩きで商人の店に上がり込む。


「おっちゃん、売りに来たッスよ」

「うちは人の買い取りはしてないよ?」


 つまらない冗談だ。 男の子を椅子に座らせて、店の奥に魔物を持ち運ぶ。


「流石に死体を正面から持って入られると……」

「まぁ、客いないんスから気にしないで。 あ、昼飯とか売ってないッスか?」

「弁当ならあるけど、いるかい」


 あるのか。 多角商売も過ぎるだろう。

 とりあえず弁当を二つ買い、サービスでもらった水を少年の座っている椅子のところに向かう。


 ぐったりしている少年に弁当とコップを押し付けて、その隣に座る。


「とりあえず、奢りッスから食ったらいいッスよ」

「……ありがと」


 弁当の蓋にリロ用に幾つか取り分けて、膝の上に置く。 リロの名前を呼ぶと、頭の上から、肩、腕、膝、と飛び移って膝の上に移動する。


「いただきます」


 リロの鈴を転がしたような声を合図に、俺は弁当に手を付けた。

 値段も安く、味も悪くないけれど、どうにも量が少ない。 リロに渡した分もあるが、腹が物足りない感じがする。 まぁ、また食べたらいいだけの話だけれど。


 おっちゃんが換金出来たと呼ぶが、わざと無視をしてまだ弁当を食べている少年に声をかける。


「俺はレイヴッス。 こっちのカラスはリロ」

「カラス……? 俺は、ナイノ=ドルニンだ……いや、です」

「別に敬語とかいいッスよ。 ……なんで金が必要か教えてもらえるッスか?」


 この状態だと、半分、言わないと金をやらないぞ、みたいな脅迫に感じるかもしれないが、まぁ実際は言わなくても普通にあげる。


 ナイノは軽く水を飲んでから、俺から目を逸らして答えた。


「……人形」

「人形?」

「人形が買いたくて」


 人形か。 と、おっちゃんが取り出している。

 すごく可愛い女の子の人形だ。 ちょっとほしい。

 ナイノはおっちゃんから目を逸らして、控えめに俺の顔を見た。


「笑わないのか?」

「まぁ、別にッスけど。 なんで欲しいんス?」


 少年はおっちゃんの方を向いて立ち上がった。 弁当箱の容器をおっちゃんに渡し、おっちゃんから金を受け取る。

 その十分の一をナイノに渡す。 急かさないからおかしいかと思っていたが、表情は明るくない。


「どうしたんスか?」

「いや、ありがとう。 本当にくれるとは思ってなかった」

「嘘は吐かないッスよ」


 足元にリロがやってきて、俺を突いたので頭の上に乗せてやる。

 ナイノが出て行こうとし、リロが俺の名前を呼んだ。


「……まあ、乗り掛かった船ッスよね」

「ありがと、レイヴくん」


 ナイノを追うように店を出て、おっちゃんに手を振っておく。

 トボトボと歩いているナイノに追いついて、隣を歩く。


「まだ何かあるのかよ」

「いや、人形買えるってのに、不景気そうな面をしてたッスから」

「……いや、あれは止めとく。 やっぱ、母さんにケーキとか買って帰って、残りは置いとく」


 どこかつまらなさそうに言う。

 苦労して手に入れたかったのだろうか。 そういう気持ちも分からなくはないが、その年で魔物を狩るのは苦労にもほどがあるだろう。

 あるいは、男なのに人形とか。 というイメージのせいだろうか。


「別に、人形が好きでもいいと思うッスよ?」

「違う。 人形なんているわけないだろ」

「どっちなんスか……」

「……大したことじゃない。 よく考えたら、いらないって思っただけだ」

「そうッスか?」

「ああ、もう無茶もしないから」


 話す気はないのか、ナイノは角を曲がる。 これ以上言っても教えてくれそうにはない。

 まぁ、今日会ったばかりの奴に込み入った話はしないか。


 リロの身体を撫でてから、息を吐き出す。


「しゃーねーッスね」

「うん。 ……あ、レベル上がってる」


 諦めて、また魔物を狩ってこよう。 一人の命を救えてラッキー、とでも思っていたらいいか。


「魔物を倒したからッスかね?」

「……魔物倒してたときは、レベル上がってなかったけど」


 他に何かあったか。 覚えがあるのは、飯を食べたことと、ナイノを拾ったことぐらいだ。 飯ってことはないと思うので、ナイノが死ぬのを防いだからだろうか。

 神の力というのはよく分からない。


「レベル上がったけど、使い道どうしよ」

「うーん、刃の神ヒトタチに聞きに行くッスか?」

「私、あの人に嫌われてる。 私も好きじゃない」


 そういえば、リロは刃の神ヒトタチに「この泥棒猫っ!」みたいなことを言われていた。

 俺がヨクとの戦いを終えてフラフラとしていた時も何か話していたようだし、仲が悪いのだろう。


 俺のような近接で戦うことが出来る人間にとっては、身体能力を上げる加護は非常に魅力的だが、諦めるしかないだろうか。



「あ、いや、あいつも確か、身体能力上がる加護持ってたッスね」


 そんなわけで、神殿に向かう。


◆◇◆◇◆◇◆


 寂れた場所だ、と軽く見回してから神殿内に入ると、薄暗い中で数人の神官と信徒が瞑想しているのが見える。 二人が俺を見たが、気にする様子もなく瞑想を再開している。


 相変わらずしみったれている場所らしい。


『何しに来たんだよ。 俺の加護はいらないんだろ』

「やー、そういうこと言わずに頼むッスよ」

『……いや、元々お前に力をやるのは問題ないが。 流石に俺にもプライドってもんがある。

その若い神と契約している以上、俺の力をやるわけにはいかない』

「いや、そうじゃなくて、リロに教えてやってほしいんスよ。 神の力。 土の神ブラウの大いなる大地の力の一端を」


 リロが俺の頭の上で頭を下げる。 この国で主に信仰されている大七柱の中でも、最も強い力を持つ神。

 その力は単純に土を動かすだけでなく、筋力の増強や、身体の硬質化などの近接面でも大いに役立つ異能がある。

 問題は現実的すぎてモテなさそうなことぐらいだろうか。


『そう言われてもな』

「駄目?」

『クソだるい』

「なら頼むッスよ」

『あと、単純にレイヴに良いように扱われるのが気に入らないな』


 そう言われてもと、軽く頭を掻くと、交換条件のように土の神ブラウは言う。


『俺は腹が減っている。 だから、宝石を持ってこい。 それの旨さと量に応じて教えてやるよ』

「神でもお腹空くんスね」

『食わなくても問題はないがな。 俺の場合は、獣の名残だ。 こいつらには言っても聞こえねえみたいだしよ。 貢物のひとつもしやがらん』

「あー、聞こえてても無視しそうッスよね」


 おじゃべりな神と違い、何故か信徒達は瞑想し続けることを良しとしている。

 それはそれで、好きなだけ土の神ブラウと話すことが出来るので楽だけれど、結構不気味である。


『そういうことで、頼む』

「分かったッスよ」


 話すだけ話して、外に出る。 しみったれた場所ではあるが、他の神殿と違って話していても突っ込まれないのが楽でいい。

 不審な目で見られるだけならいいが、神の声が聞こえていることがバレたら一発で聖人扱いだ。


 祭り上げられて巫女さんとか修道女さんとかにちやほやされる上に、聖女様ともお話出来るような最高の環境に移行してしまう。

 ……バラした方がいいのか?


「レイヴくん、宝石ってどうするの?」

「うーん。 普通に宝石店とかに行ってもいいんスけど、カットしてあると損だし、大粒の必要もないッスからね。

量があるけど安そうな宝石……カット前の商品にならないような屑宝石とか扱ってる店とかあれば」


 とりあえず、商人さんに相談でもしてみるか。 最悪、余ったお金で普通の宝石店から購入してもいいけど。


「それより先にリロの服ッスかね」


 あと下着もである。 二人きりの空間で穿いてないのは、耐え難いものがあるのだ。


「いいの?」

「勿論ッスよ。 デートもしたいッスし」

「……私からしたら、今もそうだけど……」


 少し頬を掻いてから、一言謝る。


「いや、その、嫌なわけじゃなくて」

「お詫びに、魔物狩り終えたら、改めてデートしようッス。

せっかくなら、あの宿の近くにあった店で、綺麗な服を買うッスよ」


 高い店なら良いものが置いてあるだろうという成金思考を巡らせて、街の外に向かって歩く。

 一式揃えようと思ったら結構掛かるだろうが、今日の稼ぎで足りるだろうか。

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