第9話:カラスとすいーとな感じ
「……なにこれ美味しい」
「……!!……!!」
流石はスイートルーム。 偉い人御用達の宿の料理である。 肉が柔かい。 肉なのに柔らかい不思議。 何の肉なのだろうか。 こんな肉で身体を支えることが出来るのだろうか?
「すごい。 すいーとすごい」
「すごい」
「すごい」
二人して言語能力が退化しつつある。 パクパクと食べていると、結構な量があったのに案外直ぐになくなった。
水を口に含み、まだ食べているリロを見る。
下着とか付けていないんだよな。 などと思いながら、その小さな身体を見詰める。
白く長い髪は絹のようで、小さな身体は細く薄いが美しい、白い肌も、白魚のような指先も、片方だけの翼も含めて、天使と見紛うのも仕方のないことなのではないだろうか。
もぐもぐと口を動かして、俺を見て微笑んだ。
「あー、かわいいッス」
「んぅ……でも、私カラスだし……」
「どうしたんスか?」
「ううん。 あ、これ美味しいね」
いい宿にいい飯に可愛いい女の子。 もしかしたら今が人生で最高に幸せな時間かもしれない。 食べ終わったリロは、一つだけあるデザートと俺の顔を見比べる。
「あ、リロの分ッスよ。 俺はそんなに甘いの好きじゃないッスから」
「そんなの? ……ありがと、レイヴくん」
ヤケに綺麗に盛り付けられたデザートにリロはスプーンを伸ばし、口へと持っていく。 結構な量を食べたはずだけれど、その手はすんなりと進んでいく。
神は基本的に何も食べなくてもいいはずなので、実際の身体とは無関係に入るのだろうか。
「んぅ、美味しい。 すごい」
リロはチラチラとこちらを見て、スプーンを止める。
「どうしたんすか?」
「これ、美味しいけど……レイヴくんと、食べたい、かな。 ごめんなさい、わがまま」
「いや、じゃあ一口」
間接キスか。 そしてアーンだろうか。 リロはもう一つスプーンを取り出して、デザートを掬って俺に手渡す。
どちらでもないのか。 従業員、なんで余分なスプーンを入れているんだ。
目論見は外れたが、甘い匂いのするデザートを口に入れる。
柔らかい食感がふわりと口の中に広がり、口に含んだはずのそれが味と風味だけを残して何処かに消えていく。
「なにこれすごい」
「すごい。 もう一口?」
「いや、それはもういいッス」
これが上流階級のデザートか。 うちの母の手作りの卵臭いプリンとは大きな違いである。
思い出すと少し寂しくなるのは、親離れ出来ていないからか。
食べ終わったリロと一緒に手を合わせてから、風呂に目を向ける。
「じゃあ、お風呂入ろう」
「んぅ、お先、どうぞ」
一緒に入れるなんて期待していない。 うん。
寝巻きだけ持って脱衣所に向かい、服を脱ぐ。 むわりとした感覚から解放され、結構汗をかいていたことに気がつく。 少し動きすぎたか、疲れもある。
風呂は初めから沸かしてあること以外は普通と変わらないのかと思ったが、どうやら何かいい匂いがする。
「温泉……というわけでもなさそうッスけど」
なんとなく安心する匂いの中で、シャワーを浴びて汗を落とす。 石鹸で垢や汚れを取り除いてから、湯の中に浸かる。
「うあー、生き返るッスねー」
独り言を言って、脚を伸ばす。 不慣れなことも多くしたので、精神的な疲れもあったのか、何も考えずにぼーっと過ごすのが心地よい。
こうして過ごすのも楽しいが、いつまでもその日暮らしというわけにもいかないだろう。 とりあえずは王都に着いてからだけど、いつかは家などを買っても良いかもしれない。
結局色々と考えてから風呂を上がり、身体を拭って寝巻きを着る。
水を手にとって飲みながら、ベッドでゴロゴロと転がっているリロに声をかける。
「出たッスよー。 いい湯だったッス。 ゆっくり入るといいッスよ」
リロは俺の顔を見て頷いてから、お風呂の方に向かった。
そういえば、カラスって風呂に入るのだろうか。 砂浴びとか水浴びをして身体の汚れを落とすらしいので、リロもその一環で風呂にぐらい入るか。 おそらく初めてだろうけど。
水を飲み、温まり過ぎた身体を冷ましてから、立ち上がる。
男にはやらねばならぬ時がある。 先の風呂の構造なら、扉の隙間が少しだけあったので気がつかれなければいけるだろう。
こう見えても俺は気配を消したりなどの細かい技能も
バタンと扉が閉まる音が聞こえる。 忍び足で風呂の方に向かい、脱衣所で綺麗に畳まれている寝巻きの匂いを嗅ぐ。
着ていた時間が短いせいか、リロの匂いはしない。 残念である。
畳み直してから扉に手を当てて、小さな隙間に目を近づける。
あれ? 見えない? もう湯船につかったのだろうかと目を動かすが、リロの姿はない。
「……やっぱり」
咎めるようなリロの声が、後ろから聞こえ、びくりと体が震えながら振り向く。
「あ、あははーッスよ」
「……レイヴくん。 そういうの、や」
小さな白いカラスがこちらを向いて、俺の脚を突く。 さほど痛くないのは手加減しているからだろう。
「いや、そのー、あれッスよ。 溺れたりしないか心配で」
「おぼれても死なない」
あはは。 と笑って誤魔化そうとするが、リロは笑ってくれない。
気まずさに頬を掻くと、リロが小さく言う。
「レイヴくんが、えっちなのは知ってて一緒にいるから、そんなに怒ってないけど。 んぅ、やめてほしいの」
「はい……ッス」
「でも、他の人には、怒る」
「えっと……」
どういうことだろうか。 とりあえず、今回の覗き未遂は不問にしてもらえるらしい。
これ以上脱衣所に居座るわけにもいかないので、脱衣所を出て、ベッドに転がる。
「うあーッス」
リロと生活し始めてから、リロのお尻の感触が頭から離れない。 非常にエロいことをしたい。
でも覗きは怒られた。 どうしよう。 思春期真っ盛りの男なのに、すぐそこでかわいい女の子がお風呂に浸かっているのに覗くことが出来ないのだ。 こんなに辛いことがあるだろうか。
半端に情欲を刺激されていて、生殺しのような感覚だ。
どうにかしてリロの裸が見たい。 出来たら怒られないようにして見たい。
いっそ、拝み倒すようにしたら見せてくれるのではないだろうか。
リロは押しに弱い子である。 お風呂上がりにお願いお願いと頼み込んだら、少し見せてくれるかも……。
「んぅ、見せない」
「うわっ! 早いッスね」
「……そんなこと、ないけど」
意外と時間が経っていたのだろうか。 どうやってリロの裸を見るかの作戦を立てていたら時間を忘れてしまっていたらしい。
お風呂上がりの白い中に赤みがからせた肌や、洗いざらしの髪を見て、言葉が詰まる。 少し顔に血が集まっていくのを感じながら小さく言う。
「……やっぱり裸は俺には刺激が強すぎるかもしれないッス」
「んぅ?」
覗きが失敗して良かったかもしれない。 もし裸なんて見てしまえば、もうリロの裸のことしか考えられなくなってしまっていたかもしれない。
いや、それはそれでいいけれど。
軽く鎖に触れて、気分を仕切り直す。
「それで王都に向かう予定なんスけどね。 いつ頃にこの街を発つか……」
「王都に行くのは、聖女様に会いにだよね?」
「会うっていうか、見たい……いや、ちょっと一言話したいだけッスけど」
リロは幼いかんばせを少し顰める。 どうにも、俺はリロのそう言った表情には弱い。
強く言われたら諦めてしまうかもしれないが、リロは強く止めろということはないだろう。 だからこその気まずさに、少し目を逸らす。
「……そんなに好きなの?」
「ん……まぁ好きッスよ」
「会ったことも、ないのに」
「いや、昔、聖女様があの街に巡回してくれたことがあるんスよ。 その時にちょっとだけ」
以前に見た顔を思い出す。 柔らかな表情に、優しげな声、慈しみのある仕草と、彼女の一挙一動が魅力的に映った。
水をもう一口、唇に付けてから話す。
「一言、お礼を言いたいだけッスよ」
「お礼?」
「うん」
リロは少し俺の目を見て頷いた。
「お礼は言わないとね」
「ありがとッス」
それはともあれ、やるべきことは今後の予定である。
「リロは何かしたいことないッスか?」
「したいこと……」
リロは考えながら、目を擦った。
「あ、眠たかったッスか? 灯りは消すッスね」
魔道具の光を消すと、何の明かりもない空間になる。
女の子と同室で寝るのは少し緊張するが、勤めて気にしないように記憶を頼ってベッドに入り込む。
「……レイヴくん?」
濡れた髪の柔らかく冷たい触り心地と、吐き出された吐息が服越しに胸に掛かるくすぐったさ。
直ぐに抜け出そうとしたが、リロは俺の寝間着の袖を掴んだ。
「少し、寝るまでの間、お話するならいいよ?」
俺にとっては動物と女の子では大きく違うように感じるが、リロにとっては昨日の夜と変わらないのだろうか。
小さな身体を軽く抱き寄せ、少し湯冷めした身体を温める。
「私は、ただのカラスだったから。 したいことなんて、分からないよ」
暗さに慣れ、リロの赤い目が俺の顔を見つめていることに気がついた。
血と同じ紅き眼。 この国では忌まわしく思われるものであることを思い出した。 こんなにも美しく、宝石のようなのに。
「そっか。 そりゃそうッスよね。
じゃあ、したくないこととか、してほしくないことは?」
「うわき」
いや、まだ交際とかして……と思ったが、現状抱きしめながらベッドに入っているのだから否定は出来ないような。
「冗談だよ。 レイヴくんがしたいようにしたらいいよ。
私のしたいことって、今叶ってるから。 レイヴくんと一緒にいたいって」
平気でそんなことを口に出せる。 顔に血が集まってくるのを感じ、笑って誤魔化す。
「俺はモテモテハーレムを作りたいッスね」
「それはやだ」
少し笑うが、俺もリロと変わりなかった。 何をしたいかなんて、曖昧にしか分からない。
せっかくなら、聖女様が神言を聞いたことを祝う式典は見てみたい程度だ。
結構近いはずなので、少し急いで行った方がいいかもしれない。
「明日は頑張ってお金稼ぐッスよ。 それで、お金が溜まったら王都に向かうッス」
「……どれぐらいあったらいいの?」
「えーっと、今日は結構あのおっちゃんが割高で買ってくれたッスけど、多分毎日とはいかないから……今日の稼ぎの三倍ぐらいあればいいんで……」
大雑把に勘定をしていると、リロが首を傾げる。
「割安って、言ってなかった?」
「これ、多分馬車を運んだ分も足されてるみたいッス」
「……商売向いてない?」
「まぁ、積極的に損をしにいく人みたいッスしね」
いらないと言った分を押し付けられたような形だけれど、まさか突っ返す訳にもいかない。
仕方ないので、色々買って返していけばいいか。
「まぁ、そういう馬鹿は嫌いじゃないッスけどね」
「お菓子くれる、いい人?」
この子、お菓子あげるから、と攫われたりしないだろうか?
「リロ、お菓子くれる人についていっちゃダメッスよ?」
「えっ? レイヴくん?」
「いや、俺以外の」
よく考えたら、リロが旅に同行しているのはだいたいそんな感じだった。 俺の言えたことではないのか。
「変なことされちゃうッスよ?」
「それ、レイヴくん……」
「俺以外の」
これからは控えるべきか。 暗さに目が慣れきったころ、瞼が重くなってきた。
リロの寝息が聞こえてきて、眠り始めたのが分かる。
俺が起きている意味はもうないか、と思ったが、リロは俺の胸元に顔を押し付ける形で寝ているので、俺の腹辺りから掛け布団に入っていないので少し肌寒い。
リロの体を抱き上げて、俺の顔と同じところに顔を持って来させる。
可愛らしい寝顔に見惚れてから、布団を上げる。
「そう言えば、なんでリロは枕に頭を乗せてなかったんだ……?」
まるで布団の中に隠れるような場所に……。
ああ、俺が間違えてリロのベッドに入ったのではないのか。 少し笑ってから目を閉じた。
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