第11話:カラスと人形

 ポケットに突っ込んだ硬貨を、歩く時に揺れる感覚で数える。

 だいたい昨日の5割増しぐらいのお金。 貯金を考えなければ、1日すいーとな部屋に泊まって、リロの服を買うぐらいなら充分に出来そうである。

 いい服を買おうと思えばもう少し掛かるか。


「宝石買うの?」

「いや、そんな余裕があるわけでもないッスから」


 すいーとな部屋に泊まらなければ、結構な量も買えるだろうけれど、別に今の必要もない。

 幾ら俺一人に力が集中していると言えど、目に見えるほど力が上昇するとも思えないのも理由だ。


 でも、安宿でリロと身を寄せ合ってというのも悪くないか。


「リロは昨日のところがいいッスか? 別のとこに泊まるッス?」

「わがまま言っていいなら、色んなところに泊まってみたいかな?」

「んじゃ、観光がてら宿探しをしながらリロの服でも見にいこうか」


 観光というには、故郷の町とあまり変わらないけど。 違いは時計塔と、その近くにあるお偉いさんの子供ようの学校だろうか。

 確か、20歳近くまで学校に通う場合もあるんだったな。

可愛い子いるかな。 リロがいるからナンパなんて出来ないけれど。


「んぅ、私は、この状態で大丈夫だけど。 レイヴくんは、寒そう」

「これから暖かくなるんスから、大丈夫ッスよ」

「……そう? でも」

「リロと手繋ぎデートしたいから、頼むよ」

「ん、じゃあ、分かった」


 リロの羽毛を撫でながら、時計塔の方向、高級店が多くある方向に行く。

 成金思考だが、せっかくなら良い物を着せてあげたいと思う。


 仕立ててもらうのも時間がかかるだろうし早めに頼まないと、と思っていると、低い声が耳に入り込んだ。


『そこのお前。 黒髪の上にいる奴』


 明確な「力」を孕んだ声。 それほど強力なものではないだろうが、神の物であることが分かり立ち止まる。

 聞いたことのない声、七神ではないだろう。 見回すと、ショーケースのようなものの中にそれがいた。


「レイヴくん」

「なんか用みたいッスね」


 小さな女の子が好くような可愛らしい少女の人形。

 力の弱い神なのか、薄らとしか力を見ることが出来ない。


『……黒髪の方も聞こえているのか?』


 低い男の声に顔を顰める。 可愛らしい少女の人形の癖に声めっちゃ渋い。

 軽く人形に手を振って、聞こえていることを示す。


『それの方が都合いい。

頼みがあるのだが、いいだろうか?』


 頼みという言葉に顔を顰める。 神頼み(頼られる方)はいつでも面倒臭いものだ。


『そんな顔をするな。 そう難しいことではない』

「見れば分かると思うッスけど、デート中なんスけど」

『終わったあとでもいい、頼む』


 少し頬を掻いてから頷く。


「んで、なんスか?」


 この少女の人形(おっさんの声付き)を買えとかだろうか。 値札と手持ちの金を考えればそんなに高いものでもない。

 人形は安心したかのように息を吐き出して、安堵を示すようにゆっくりと頼みを伝える。


『人を探してほしい。 二十代半ばの……いや、少し経っているから、三十歳ぐらいの女だ。

黒の濃い青黒い髪に、青い眼。 笑みが可愛らしく、背の高い女だ』

「それ以外に特徴とかは?」

『……分からない。 神に至る前の記憶で、朧げでしかない。

お前に頼むのも筋違いで、礼も出来はしないが。 もう一度、会いたいと思っている』

「分かったッスよ。まぁ期待しないで待っといてッス」


 これ以上人形に話しかけていたらヤバイ奴だと思われそうなので、それだけ言ってから道に戻る。

 最後に軽く頷いてみせて、やる気があることを示す。


 黒の濃い青黒い髪。 三十歳ぐらいの女。

 あの神の持ち主だった者だろう。 質屋に売られていて、飾られるまでされているのだから、取り返そうとはしていないのだろう。


 あるいは取り返したくても取り返せないほど金銭に余裕がないか。

 まぁ、神が宿るほどの物であれば、お金がないという方が可能性が高いか。 探すとしたら、貧民街か。


「ん、レイヴくん」

「何ッスか?」

「なんで、頼みを受けたの?」


 リロは少し嬉しそうに尋ねる。 嫌がられると動きづらいので助かる。


「神って、人とはほとんど話せないじゃないッスか?」

「うん」

「んで、人形だから、あそこでずっと来ることを期待しながら待つことしか出来ない。 なんて、可哀想と思って」


 リロは嬉しそうに「かあ」と鳴く。

 服はまた後にするかと、リロの頭を撫でてから踵を返して、来た道を戻る。


 先とは違い、青黒い髪の女性を探しながら。


「まぁ、ダメな子にはお節介焼きたくなるもんスよ」

「かあ。 でも、神は嫌いって、言ってなかった?」

「まぁ気に入らないッスけど、気に入らないから助けないってわけでもないッスよ。 助ける基準は助けたいか、助けたくないか、だけで充分ッス」


 リロはパタパタと翼を動かして、俺の頭を撫でる。

 見えはしないがかわいい仕草に少し笑う。


「……レイヴくんは、女の子たらすのが上手そう」

「この方一度もモテたことないッスよ……」


 唐突に失礼なことを言う。 俺の方が積極的で、強くて、賢くて、とヨクよりも明らかにいい感じなのに、街の女の子はヨクばっかりだったし。

 俺が神との会話のせいで、独り言呟き続ける電波野郎と思われていたのもあるだろうけど。


 軽く見回しながら探しても、そう簡単に見つかるものでもない。 遠くに水の神殿が見えたので、そこに行って聞くことにする。


 水の神アオイは馬鹿だけど、神だし詳しいかもしれない。


「でも、混んでるッスね」

「んー、私が聞いてくる? 小さいから」

「踏まれそうで怖いッスよ……仕方ない、裏技を使う」


 リロが俺を尊敬するような声をあげる。 流石は神様の声が聞こえるだけあって、独自のパイプがあるのだと。

 まぁそんなものはないけど。


 近くの路地裏に入り、そこから臭いを元に水の流れている溝を探す。 ちろちろと流れる水の音を頼りに向かい、溝のところでしゃがみ込む。


「レイヴくん。 まさか」

「おーい、アオイさまー、いるッスか?」


 少し待つと、水音が少しだけ響き、リロとは違う高い少女の声が聞こえる。


『ん、レイヴ? なんじゃ、力ならやらんぞ』


 聞き馴染みのある、水の神の声だ。


「ほんとにいた……」

「こういうとこって、結構水の神殿の聖水が流れてるッスから。 まぁ、水の神殿は聖水の範囲なんで……」

『こう見えても儂は忙しいからの?』

「えと、二つ聞きたいことがあるんスよ」


 絶対暇だろう。 神様が働いているところなんて見たことない。 というか、働く方法もないけれど。


『それで、その娘が……ヒトタチの言っていた、泥棒猫かの?』


 頭の上のリロを撫でて、溝から見やすいように屈む。


「泥棒じゃ、ない……です。

リロイア。 リロイア=レーヴェン、最近まで普通のカラスしてました」


 なんで敬語なのだろうか。 神としての格上の存在だからというには、刃の神に対しては……。


『まぁ、あやつも大人気ないが、レイヴが加護を貰えるようになるのを、心待ちにしていたんじゃよ。

儂を含めた他の七神、それにあの近辺にいる神、全員に「自分がレイヴに加護を与えるから、契約するな」と宣っていてな』

「光の神に断られたの刃の神のせいかよ」


 あいつ、と思うが、俺はリロとは違ってヒトタチのことを嫌っているわけではない。

 人のことを明確に下に見ているのは腹が立つが、神は多かれ少なかれそういったものだし、何よりもヒトタチは剣の師匠である。

 むかつく性悪女でもあるけど。


『あれはあれで、可愛いところもあるんじゃよ。

ほら、主も好きじゃろ? 生娘』

「そりゃ好きッスけど、あれはないッス。 というか、生娘が好きって言葉が悪い貴族っぽくて嫌ッス」

『あれも美人ではあるし、伴侶になってやってもいいのではないか?』

「神様を嫁にはちょっと……寿命とか合わないッスし。 あれより強くなるのも無理だろうかな」


 談笑していると、リロが話に入れないからか、跳ねて頭の上から退く。


「暇だったらお菓子食べていていいッスよ?」

「……いい。 いらない」


 お腹は空いていないのだろうか。 それとも食べ過ぎに気をつけているのか。

 暇をさせるのも悪いので、雑談は切り上げて本題に入ることにする。


「聖女様が、アオイの声を聞くことが出来たって本当ッスか?」

『そうじゃよ。 なんかよく分からないけと話せたのう。

最近はあの子に甘えるのに嵌っておる』


 何それ羨ましい。 俺も聖女様に甘えたい。


『んー、人間のマツリゴトはよく分からぬが色々と面倒そうでの、もしかしたらまたレイヴに面倒を頼むかもしれん』

「聖女様絡みだったら喜んで引き受けるッスよ! その代わり、俺のこととか良いように言っておいてくれると」

『気が向いたらの』


 リロの頭を撫でると、弱々しく「かあ」と鳴いた。 体調が悪いのだろうか。


「それと、この街で青黒い髪をした三十歳くらいの女の人見たことないッスか?」

『んー、まぁ見たこともあるが、結構前じゃの。 だいたい30年ぐらい前の……』

「それ、もう60ぐらいッスよね。 今三十歳くらいの女の人ッス」

『ここでは見ないのぅ。 別の信徒だったのではないか?』

「一応聞いただけッス、ありがと」


 青黒い髪ならアオイの信徒かと思ったのだけど、イメージ的に。

 端で蹲っているリロを掴んで頭の上に乗せ、立ち上がる。


「んじゃ、用事があるかもしれないなら、ちょくちょく訪ねるッスよ」

『頼むのじゃ』


 また他の神に聞こうと思いながら踵を返すと、まだアオイの高い声が聞こえた。


『リロイア』

「なに、ですか?」

『お主も、また会おうでな』

「……かあ」


 そりゃ、俺と一緒にいるのだからまた会うのは当然だろう。 神聖な気が抜けて、普通の溝に戻ったのを見てから路地裏から出る。


 他に頼れそうなのは神ぐらいか、いや、商人のおっちゃんもある程度顔も広いだろうか。 あれでも商人なわけだし。

 青黒い髪を探しながら歩く。 人気の少ない商人の店に着き、扉を開く。


「お邪魔するッスよ」

「ああ、またかい。 買い物かい?」


 まあ、何も買わずに聞くだけ聞くのは、商人に対しては失礼か。 お菓子を一つ手に取って、会計をする。


「菓子が好きだね」

「いや、そうでもないんスけど。 この街で青黒い髪の女性って知ってるッスか?」

「青黒い髪? んー、一応この街を拠点にしてるけど、私はそんなにずっとはいないからね……。 ちょうど奥にもいるから相棒にも聞いてみるかい」


 相棒って本当にいたのか、てっきりおっさんの寂しい妄想かと思っていた。

 おっさんが奥に入っていったので、軽く商品を見ながら待つ。


「リロは欲しいものとかないか?」

「死」

「突然怖いこと言わないで欲しいッスよ……」

「冗談」

「いや、そりゃ分かるッスけど」


 よくわからない相棒を撫でて、奥から聞こえる足音に佇まいを直す。

 「ふぁー」と気の抜けたあくび声に、思わず顔を顰める。


「女の子?」


 リロの言う通り、若い女性の声に聞こえる。 まさかおっさんがこんな声を出すとは思い難い。


「こいつが言ってたガキか?」

「おー、そうッスよ! あなたはおっさんの相棒ッス?」


 相棒というには随分と若く見える。 おっさんをジト目で見つめると、申し訳なさそうに首を横に振った。


「まぁ、そうだよ。 力持ちのレイヴくんだよ。

こっちのは、私の昔からの友人であるーー」

「サリナだ。 まぁ好きに呼べばいい」

「じゃあ、よろしくさーちゃん」


 顔を顰められるが、美人さんにされるとむしろご褒美である。


「……青黒い髪の女だろ? そりゃそれぐらい何人かいるが……名前とかは?」

「分からないッスね」

「まぁ、悪い奴には思えないが……」

「ありがとうッスよ、さーちゃん」


 渋々といった様子で、幾つかの人物の場所を教えてもらい、リロを頭の上に乗せ直してから店を出る。


「複数いるんスか……。 とりあえず、戻って人形買うしかないッスかね」


 余裕があるわけでもないのに、出費がまた増えてしまった。 王都に向かうのは少し遅くなるかもしれない。

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