転轍機
朝風ろくご
ある日の機関車
梅雨の時期には珍しい、深く澄んだ夜空の下。
新月の下、一灯の電球色が軽快なドラフト音を響かせて、セノハチを滑っていく。
西条から後補機の仕業を終え、二機のD52は一路瀬野へ向けて走っていた。
「瀬野には22時21分で間違いねぇんだな?」
「なんだいマキノさんよ、まさかこの釜がヘマするんじゃないかって思ってんのかい?」
機関士は夜の景色に溶けた機関車のキャブの中でこのような事を機関助士に聞いた。
「いや、何か喋ってねぇと釜と同じようにどうやら自分まで夜になっちまうんじゃないかと思ってな」
「はぁ、やっぱりマキノさんの言う事ァ分からねぇなぁ」
「おめぇに分かられるタチでも無いがなァ」
「ごもっともだ、はっはっはっ」
機関助士は腑抜けた声で笑った。だが、笑い声は機関士の耳には入らなかった。
暫く滑った後、瀬野駅の手前まで機関車は来た。
構内信号は淡く注意現示をしていた。機関士は慣れた手つきで逆転ネジとブレーキを操作し、45キロ制限の転轍機へ機関車を進めた。
軽く揺さぶられる感覚とともに、機関車は巨体を揺らし、右側の鉄路へ
そして22時21分、定刻通りに機関車は留置線に止まってみせた。
まだ余熱のくすぶるキャブから、機関士と機関助士は地面に降り立った。
「マキノさんの降り方、マッカーサーみたいだなァ」
「そんな奴に例えるんじゃねぇ。それに俺は
「煙にまかれる立場の人間が言えたことじゃ無いだろうに」
「はっはっはっ」
二人は腹を抱えて笑いながら、詰所へと向かった。
次の日、その機関車は瀬野駅には居なかった。
転轍機 朝風ろくご @Yopi-WEST
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