5章9話 苛電砲

 圧縮された空気が抜けるような音がして部屋の扉が開く。


 湯気立つパスタとサラダを乗せたワゴンを押してきたのはブラン子。

 それも出会った頃の大人ブラン子だ。


「お食事をお持ちしました」

「ありがとう。やはりこういうイベントは食事を摂りながら見たいからね」

「ブラン子、その身体は?」


「はい。今回の奪還作戦に失敗は許されませんので」


 戦闘用の肉襦袢を装着して大人モードになったブラン子(七歳)。

 一見とても魅力的な女性だが、綺麗な薔薇には棘どころか散弾が仕込まれている。


「俺の妹が……」とブツブツいっている広島だが、そもそもお前の妹じゃないからな。


俯瞰子ふかんこ、地上の状況を報告しろ」


 幾つかある伝言管の内、最も手前にある伝言管の葢を開けて菊川さんが命令を下す。その名前は聞いたことがないので、俺の知らない巫女見習いなのだろう。


「目標地点にはケイブリン部隊、およそ三個中隊が駐屯中です」

「スレスレーダーの反応はどうだ? その中に真真子はいるのか」


「スレスレーダーの反応は駐屯地奥の洞窟内部から発せられております」

「ふむ、ならばうれいなく無差別爆撃できるな」

「菊川さん、何をするつもりなんだよ」


「え、皆殺しですが?」


 ニヤリと笑いながら据わった目で答える菊川さんが怖い。


「無差別爆撃なんてしたら付近一帯の被害が物凄いことになるだろ! 大人なんだからもうちょっと考えろよ」

「ふむ、それもそうだね。ではピンポイント爆撃にしようかな。俯瞰子、目的地周辺の状況を」

「左方の森より水妖の戦士団が。右方の草原からは土妖の戦士団が近づいております」


 水妖はメグさんの種族だ。

 無差別爆撃なんてしていたら、あの優しくも勇ましい彼女の同族を巻き込むところだった。


「ケイブリン達を挟撃する格好だね。また戦争でもしているのかな」

「また?」


「水妖達『陽の妖精族』と『陰の妖精族』であるケイブリンは犬猿の仲らしくてね。過去何度も争っていると聞くよ。まあその話は置いておいて、水妖達が近づく前に『苛電砲』を発射しようじゃないか」


 苛電砲って、また物騒なネーミングだな。

 菊川さんの表情から想像するに実際物騒な物なのだろうけど。


苛電子かでんこ、苛電砲発射用意」

「そのように」


「スリーカウント後に発射。拡散させずピンポイントで狙え」

「そのように」


「さあ、義経くん達もパスタを食べながら地上を見ていると良い。ちょっとしたショーの幕開けだよ」


 菊川さんがいい終わるや否や、極太のいかづちが窓の外を通り過ぎた。

 次いでケイブリン達が駐屯していた地点が爆散。

 バチッ、ズドン、ボカン! と、映画でしか聞いたことのない破壊音が数瞬遅れて届く。


「苛電子、念のためもう一発だ」

「そのように」


 この超遠距離攻撃は何だ!

 相手はこちらに気付けない距離だし、仮に気付いて反撃をしても届かない距離だ。

 立ち上がった煙でよくは見えないが、先程と地形が変わっている気もする。


「あっはっは。どうだい義経くん、苛電砲の威力は?」

「凄え……」


「まあ、二発しか撃てないのが難点なのだけれど」

「二発撃てれば充分な気がしますけどね。でもなぜ二発なんですか?」


「苛電子は左右の乳房に雷エネルギーを蓄電していてね。撃つと萎んじゃって充電に丸一日かかるのだよ」

「アンタ、乳房を使った攻撃好きだな!」


 ブラン子の散弾にカデン子の苛電砲。

 この親父は、脳内おっぱいカーニバルか。


「俺もおっぱい大好きです!」


 このタイミングで入ってくるな広島。


「フハハハ、正に神のいかずち。ケイブリンの慌てようときたらどうだ。まるで――」


 この状況、この態度、この話しぶり……。

 俺は咄嗟にスレスレ人形を握りしめた。

 さあ、どこからでも撃ってこい!


「蜘蛛の子を散らしたみたいに逃げて行くね」

「天空から雷で攻撃した後の台詞はそれじゃないだろ!」


 おっと、熱くなってしまった。

 どうやらマシン子に身も心も毒されてしまっているらしい。


「さあ、降下しよう。洞窟内部にはまだ敵が潜んでいるだろうから気をつけてね。そうそう、私は戦闘向きじゃないから後はよろしくね」


 徐々に高度を下げ、地表へと近づくズルムケカーゴ。

 地表はえぐれ、阿鼻叫喚のコンパクト地獄絵図ができ上がっている。


 突入すべき洞窟もハッキリ見えてきた。

 ゆっくりとドラゴンフィストを装着し、出撃に備える。


 先制は成功。

 気力は充分。

 武器は最高。

 これで失敗したら笑い草だ。


「――って、広島。いつまでパスタ食ってんだ!」


 デブキャラの任務を果たしている広島を引っ張って、搭乗口から飛び降りた。

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