5章7話 皆殺しだよ

「マシン子ォォォ!」


 俺の叫び声は神社の中庭に響き渡った。


「余計なことしやがって! 許さねぇぞデブ」

「落ち着け義経、その足じゃ命を捨てるようなものだ!」


「うるせぇ! こんなモン気合でなぁっ……ぐあっ」


 立ち上がろうとすると激痛が走る。

 短槍が貫通したままの足からはボトボトと血が流れ、中庭に敷きつめられた白い小石を赤く染める。


「こんなモン、こんなモンなぁ……ぐあぁっ」


 歯を食いしばり短槍を引き抜いたまでは良かったが、予想を遥かに超えた激痛が襲い掛かってきた。蓑を剥がれた蓑虫のように地べたをのたうち回る俺。


 流血の勢いも先程より激しくなっている。

 短気を起こして引き抜いたのはまずかったか。


「義経くんじゃないか! その怪我……何があったんだい」

「マナ――菊川っ! どうしてお前がここに」


 マシン子を取り返すことだけを考えたいのに、このタイミングで菊川が攻めてくるのか! しかも今の俺は満足に動けない。


 間が悪い、踏んだり蹴ったり、塩を塗る、泣き面に蜂。

 こういうの何ていうんだ?

 み……か。


「話は後だ。傷口にこれを」


 菊川は懐から半紙を取り出し、強引に俺の左太腿に貼りつける。

 墨で文字と幾何学模様の書かれたその半紙は、傷口に触れると発光し始めた。

 そして幾度か明滅を繰り返した後、灰となって消滅した。


 呪術!?

 それもマシン子が使うものより高等な呪術か。

 後に残るは傷口が塞がり流血の止まった俺の左太腿。

 

「ひとまず止血だけは完了したよ。それより何があったんだい?」

「マシン子さんが連れ去られたんだ。義経は追いかけようとしたんだけど俺は傷が心配で……」

「広島、余計なことを喋るな! コイツは敵なんだよ」


 コイツはマシン子を分解しようとした張本人だ。

 そしてそれを邪魔した俺を恨んでいる。

 今まで追ってこなかったのが不思議なくらいだ。


「義経くん、大丈夫か!」


 本堂から禰宜さんが走ってきた。


「禰宜さん、アンタ菊川とグルだったのか?」

「ん? ああ、いやいや。これはちと説明が面倒じゃのぅ」

「私から手短に説明しよう。要するにアレは演技だったのさ」


「はぁ?」

「あんなシチュエーションなら、真真子が愛に目覚めるんじゃないかと思ってね。見たところ、もう一押し! 的な感じだったしね」


「演技?」

「そう、演技」


「マシン子のために?」

「そう、真真子のために」


「……的な?」

「そう、的な」


 俺は大きく深呼吸してから一気に言葉を放出した。


「ふざけんなよマナティー! 何がシチュエーションだよ、何が愛に目覚めさせるだよ、お前のせいで俺が――」


 目覚めちまったじゃねーかよ、ちくしょう!


「義経くんからの罵倒は後から幾らでも受けよう。それより真真子が連れ去られたというのは?」

「ケイブリンって種族に連れ去られちまった。俺が一緒にいたのに護れなかった……」


「ケイブリン。そうかい、あのハゲ蛮族がねぇ……」

「菊川、目が座っとるぞ? それとハゲは関係ないじゃろ!」


 一陣の風が禰宜さんの作務衣をはためかせる。

 本来なびくはずの頭髪は、彼の思い出の中で勢い良くなびいていることだろう。


「ねえ陸奥、君は私が娘を攫われて平気でいられる人間だと思うのかい?」

「だったら、どうするのじゃ?」


「そんなもの決まっているだろう。私の娘に手を掛けた奴らは――」


 菊川、いやマナティー親父、いやマシン子のお父さんである『菊川さん』の話しぶりは冷静だが、目の奥にチラつくドス黒い炎がそれは上辺だけだと物語っている。


「皆殺しだよ」

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