幕間 魅惑の歌姫

「シャアァァァァッ!」

「グゲゲッ!」


 妾の放った威嚇に対し、若干怯みながらも戦闘意思を継続させるとは。

 この娘、敵ながら見事なものよ。


「メグ=サンであるアケ・ミさまも戦っておられる! 皆の者、彼女の前でみっともない姿を晒すんじゃないぞ」

「おおっ! マイ・メグ=サン」


 対峙するケイブリンの女性は見たところまだ若い。

 一族の先頭を切って妾達水妖の元へと向かってきたその勇気。

 さらにはその溢れる気品。


 見違えることなぞあろうはずのない額から伸びた純白の一本角は、まさしくケイブリンの王族たる証。


「グガガガッ!」

「シャアァァ!」


 これは此度の戦、ちと拙いやもしれぬ。

 王族の、それも可憐な少女が一般兵士の先頭に立ち戦っておる。


「こりゃあ良いとこ見せないとな!」

「彼女の声を聴くと勇気が湧くぜ!」


 これまで我が水妖族とケイブリン族は幾度となく争いを繰り返してきたが、その全てにおいて勝敗はついておらなんだ。


 じゃが此度の彼奴きゃつらときたらどうじゃ。

 まるで能力が一段階も二段階も上がったような戦いぶりで我らの領地を侵略し、その侵攻はついに妾が隠居しておったこの洞窟付近にまで到達しおった。


 おかげで静かじゃったこの界隈が水妖の戦士達で溢れ、妾の隠居先も同胞に見つかってしもうた。


 ふぅ……、戦争中だというにバカな男共から求愛を受け続ける日々。

 妾の美貌はほんに、呪いじゃな。


 争いを好まぬ妾じゃが、向かってくる者をそのままにするほどの温厚さは持ち合わせておらん。しかもここは妾の領地。分が悪いといえども引く筋合いは皆無。


「俺、この戦いが終わったらアケ・ミに求婚するんだ」

「それは俺の台詞だ!」

「いや、俺だ! アケ・ミと結ばれるのは俺だ」


『ええい、煩い男共じゃ! 貴様らはピチピチ跳ねながら弓でも引いておれ』


「今、メグ=サンの声が脳裏に……」

「幻聴か、俺はやはりこれほどまでに彼女のことを」

「俺の愛がアケ・ミの想いを読み取ったに違いない!」

「うおおーっ、どんどん弓を射るぜ!」


 全く口だけは一人前じゃな。

 水妖の男衆は下半身が魚の形状をしておる故、水場から離れられん。

 陸上の戦いはもっぱら女衆中心で行うのが古来よりの習わし。


 そして今現在、敵将とおぼしきケイブリンの少女と対峙しておるのは妾。

 男共よ、そしてケイブリンの少女よ、そのまなこしっかと見開いて妾の舞を見よ。


「シャッ!」


 電光石火の早業で突き出した鉾の一撃を、しかし少女はギリギリで躱す。

 此奴こやつ、妾の動きについてくるのか。

 だがこれは躱せまい。


 出した鉾を引かず身を捻りながらの横薙ぎ。


「グギャアッ!」


 浅いか……。

 そう思い、次の一手を繰り出そうとした瞬間。


 ドスッ、ドスッ――


 傷を負い動きの鈍った少女へと後方からの矢が殺到する。

 少女はそれを両腕に装着した小盾で防御したが、眼前の妾を忘れてもろうては困る。


「シャアッ!」


 気合を込めた一撃が少女の右胸を貫いた。


 いや、貫いたはずじゃった。


「消えおったか。これじゃからケイブリンはやり難いのじゃ」


 水の妖精族である妾達に水の加護があるように、闇の妖精族であるケイブリンにも闇の加護がある。


 彼奴らは命に危険が迫ると本人の意志と関係なく霧のように霧散し、彼方の土地へ転移してしまう。厄介な能力じゃが、彼奴ら自身もどこへ飛ばされるのか解らんのじゃから良し悪しじゃな。しかも一度能力を使うと丸一日使えんらしい。


「ケイブリンの王女よ。いずれもう一度、相見あいまみえようぞ」


 将を失ったケイブリン達は統率が乱れ、我ら水妖の戦士達が優勢に戦を運び出した。


 これで此度の侵攻は止まるじゃろう。

 妾は戦場の喧騒に背を向け、その場から退く。


 士気の低下した敵なぞ興味もない。

 あとは存分に、若い者が武勲を稼ぐと良い。

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