幕間 天災末娘
「想定よりも被害が大きかったようです」
フライトモードを中空で解除した私は、そのまま重力に任せて山荘前へと着地しました。軌道に狂いはありません。
しかし残念ながら、ここまでの道程で思わぬ惨事を引き起こしてしまいました。
国境の大壁を一部破壊し、山荘までの直線距離に立ち並ぶ建物や草木は全て崩壊。
ここから見ると私の通過した道筋が、国境から山荘まで続く専用道路のようです。
フライトモードは時が経つにつれ、風の渦が拡大してしまうのが難点だと理解しました。
帰りは自動塊に搭乗するのでこれ以上被害が拡大する可能性はゼロですが、この騒ぎで敵性勢力に勘づかれたことは明白。迅速に目的を遂行するとしましょう。
山荘の裏手に周り、止めてあった自動塊に手をかけようとした時。
「やあ舞乱子、やはりここに来たね」
「お父様……」
ひょいと山荘の影から現れたのは、お父様。
私の創造主である菊川字羅四朗様です。
右手にキャリーケースを引きながらこちらへ近づいてきます。
「距離五十から四十へと接近。近接バトルモードへと移行します」
私は左右の腕を細長く変形させ、レイズモンドクローを伸ばします。
レイズモンドはこの世界特有の鉱石であり生体との親和性に優れ、耐久度も非常に高い物質です。武装肉襦袢を失った今、私が有する武器の中で最も信頼のおける殺傷兵器といえるでしょう。
「待ちなさい舞乱子。君と戦う意思はないよ」
「では両手を頭の後ろに組み、前に戻して大きく背伸びの運動をして下さい」
「それにどんな意味が……。まあ、末娘の頼みだから断らないけどね」
お父様は、私が地球のテレビで見た体操をしてくれました。
この体操の利点は両手を大きく使い、衣服のシワがピンと張れるので隠し持った武器を見破れることにあります。
「信用してくれたかな?」
「戦闘意思はないと判断致しました」
私はゆっくりと近接バトルモードを解除します。
しかし警戒を解いたわけではありません。
「フライトモードの君が国境へと近づくのが解ったから、目的地を予想して先回りしていたんだ」
「的確な判断です。では御用件をお伺いします」
「君にはこれが必要だと思ってね。新しい外部装甲だ。受け取りなさい」
そう言って、お父様はキャリーケースを前に出し、留め具を外して中身を私に確認させます。内容物は最新型戦闘用人工生命体として創造された私専用の武装肉襦袢でした。
真真子姉様の抜け殻とも表現すべき外部装甲がクネッと、キャリーケース内から地面に倒れます。
「舞乱子、これを持って行きなさい。そして真真子と義経くんを護ってあげなさい」
「お父様……」
眼球及び口角挙筋敵性の動きより言葉通りの誠意を確認。
警戒ランク最高値から最低値へ移行。
お父様に対する敵性認識を解除。
私はクネッと折り曲がった外部装甲を手に取りました。
「お父様は何をお考えなのでしょうか。私にも理解可能な説明を希望します」
「そう来たか! 良い、実に良い自我の発育加減だ。舞乱子、いや我が末娘よ。その答えが理解できた時、お前は偽りなく人間となれるだろう。だから私に頼らず自分で考えてみなさい」
「人間に?」
「そうだ。幸いお前の活動限界はあと二十三年もある。存分に考えてみなさい」
二十三年。
最高二十三年ではなく、きっかり二十三年。
最新型である私と真真子姉様達との違いは幾つかありますが、この点が最も大きな違いといえるでしょう。曖昧さを排除し、丁度三十年で私の細胞分裂は停止します。
「了解しました。ならばこの外部装甲はお父様が預かっておいて下さい」
「気に入らなかったのかい? 以前の物より中距離攻撃時の射出肉塊効率も上げているのだよ?」
「お父様の敵性認識を解除した今、この外部装甲を使う可能性は極めてゼロに近く、義経様の身を護るには現状兵装で充分と判断します。それに……」
「それに?」
「提示された問題を期間内に理解するには、まず人間らしくあらねばと考えます。故に今後は外部装甲を着用せず生きてみたいと愚考します」
「愚考か、愚考ね……、それも良いだろう。しかしお前の身体的成長は七歳時点で固定されている。これからずっとその風貌でも良いのか?」
そうでした。
外部装甲ありきで創造された私は、いつまで経っても真真子姉様のようなボディにはなれないのでした。しかしそれでも私は――
「心得ております。では時間も惜しいので義経様の元へ戻らせていただきます」
「そうか……。たまには顔を見せにきておくれ、我が愛しの末娘よ」
「そのように」
自動塊に乗り込み、目的地を腐敗の砂漠へとセットしました。
バックモニターに映るお父様が何か呟いておられ、読唇術でそれを読み取った私は自動塊を発進させます。
舞乱子、今お前は生きているか?
はい。
生きる事を心より楽しんでおります。
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