4章8話 赤い砂底

 ――流砂はまるで生き物のように口や鼻、身体中の穴という穴全てから侵入し内臓を筋肉を血管を蝕んで行く。やがて皮膚だけを残し体内の組織全てを砂に取って代わられた俺は、小さな破裂音を発して霧散した――




 意識が朦朧とする中、頬に何かが当たっているのを感じた。

 チロチロ、ペチャペチャと頬に当たるリズミカルで生暖かい感触は俺の心を落ち着かせ、覚醒し始めた意識をもう一度揺り籠へと誘った。




 ――霧散した意識は全ての砂と同化し、その存在意義、その役割、その末路を理解した。嘆きと悲しみ、憎悪と怒り、優しさと癒やし、そんな入り乱れた感情が襲いかかっては通り過ぎて行く――




「うぅ……」


 ゆっくりと開けた目に映ったのは倒壊した建物群。

 散らばる機械の部品。

 そしてほんのり白く輝く天井。


 俺は小高く積もった砂の上に寝ていたようで、時折、天井から落ちてきた砂が身体をかすめる。流砂に飲まれたはずなのに、なぜこんな場所にいるんだ?


 流砂に飲まれた時は死んだと思ったが、どうやら助かったらしい。


 周囲の荒廃した雰囲気は、滅びた古代文明の遺跡か何かのようだ。

 ブヨブヨした緑色の塊がないので日元教国ではなさそうだが……。

 

 砂底のこんな空間を見たら、マシン子はスレスレネタを放ってくるだろうな。

 ――って、マシン子と広島はどうなったんだ!


「ようやく目が覚めたみたいだね」


 びっくりして起き上がった俺は、声の相手に少林寺拳法の構えをとる。


「だ、誰だ!」

「おっと。これでも僕は君を介抱した恩人なのだけれどね」


 スキンヘッドで体軀の良い男性が戯けた表情を作りながら両手を上に挙げ、敵対意思がないことを伝えている。


 何故か一糸纏わぬ姿で。

 なので俺は見たくもないのに、男性の中心で揺れている物体を見る羽目になってしまった。


「そ、そうでしたか。失礼しました」


 俺はファイティングポーズを崩して男性に軽くお辞儀をした。

 介抱してくれたのなら命の恩人に他ならない。

 無礼な態度は慎まなければ。


「気にすることはないし、敬語もいらないよ。僕も人工呼吸を堪能できたし、何よりこの地下世界で人に遭遇するなんて嬉しい偶然だからね」


 人工呼吸だとっ!

 俺が二十年間守り続けてきた物を奪われたということか。


 ……いや、この場合やむなしだ。

 もしこの男性がいなかったら、きっと今頃は死んでいたに違いない。

 それに人工呼吸はノーカンだとどこかで聞いた記憶がある。


「息はしているようだったから取り敢えず人工呼吸を堪能してから軽く傷の手当を施したのだけど、中々起きないから心配しちゃったよ」

「待てハゲ。息があったのに人工呼吸はおかしいだろ! というか何でお前は全裸なんだよ! 俺は自分の知らない間に大人の非常階段を登ったのか」


「ハゲはご挨拶だね。失った頭髪はいつまでも心の中で生え続けているというのに」

「少女ポエマーか! ってそれはどうでも良い。寝てる間に変なことしてないだろうな?」


「当たり前だろう? 僕はこれでも紳士なんだから」


 変態紳士の間違えじゃないのか?


「まあそう怒らずに。そうだ、名前を教えてよ。こんな場所で『お前』とか『君』なんて呼びあうのも味気ないしね」


 それもそうだ。過程には大きな問題があるものの、この男性が俺の恩人である事実には変わりがない。ここはしっかり名乗っておくべきだろう。


「俺は義経。ロック・レンジャー(という店)の櫻井義経だ」

「なんだ、同業者か」


「え? じゃ、アンタも鉱石を?」

「もちろんさ。それが我々の仕事だからね」


「僕は誤朗ごろう。ロック・レンジャーの陸奥誤朗だよ。よろしくね、義経くん」


 自己紹介をしながらミュージカルのように動くものだから、中心部分がぷりゅんと揺れる。頼むから何か身に着けてくれ。


 以前メグさんから聞いた、石の声を聞き石と心を通わせるロック・レンジャーのゴロウ。


 もし出会えれば色々と教えてもらいたいこともあったのだが、いざ本人を目の前にして思ったことは一つだけ。


 俺は本当に、まだ綺麗な身体のままなのか!?

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