4章3話 アクセサリーショップ ロック・レンジャー

「どうしたんだ広島! 何があった」


 翌日、マシン・オリジナル工房を訪ねてきた広島の姿はやつれていた。

 体重は減ってないようだが目の下には隈ができ、頭もボサボサ、服もヨレヨレ。

 負のオーラが身体中を覆っているのを可視化できそうな風体だ。


「実は彼女と別れてね……」

「え?」


「俺より好きな人ができたらしくてね……」

「なんだって!」


 まさかそんな事があっても良いのか。

 あの海洋生物学的にも珍しい生き物を、広島以外が愛せるとは思えない。

(※個人の感想です)


 それを解った上で、彼女は広島から離れたというのか。


「それ以来、何もする気力がなくて食事も……」

「喉を通らないのか?」


「いや、食べても食べても痩せないんだ……」

「だろうな!」


「フッ、俺にはすぎた女だったぜ……」


 すぎた女だったかどうかはともかく、やっとできた彼女にフラれた気持ちは解る。

 経験がないからしっかりとは解らないが。


「お前、メグたんのどこに惚れてたんだ?」

「顔だ!」


 即答か。

 友人の意外な嗜好を図らずもしってしまった。


「元気出せよ。俺の知人にもあんな顔の人はいるし、探せば幾らでも見つかるさ」

「見つからないよ……って、メグミのそっくりさんがいるのか? 紹介してくれ!」


 こいつマジでいってるのか。


「あー、それはどうかな。ここだけの話、彼女は人間じゃなくてだな……」

「人間しか愛せないのならメグミを好きになったりしてないさ!」


 酷いな!

 俺がいうのもアレだけど酷いな広島!


「そ、そうか。じゃあ追々考えておく」

「本当だな! 絶対だぞ! 忘れるなよっ」


 きた時のどんより感はどこへやら。

 俺の両手首を掴んでグイグイ迫ってくる肉団子の顔は紅潮し、たくさんの肉汁あせを浮かべている。つまり暑苦しい。


 俺は解った解ったといいつつ両手寄抜(少林寺拳法の技)で手を離し、ついでに蹴り上げてから距離を取った。学生時代から動きは変わらないな、広島。


「で、本題だが。ウェブページを作ってほしい」

「アクセサリーショップを開こうと思っているのよ」

「まあ協力はするけど、俺も本職じゃないからね。そこそこの物しかできないと思うよ?」


「これより良ければ問題ない!」


 俺はマシン子オリジナルページを広島に見せる。

 広島は食い入るようにページを隅々まで確認し、そして一言。


「ジーザス」

「作った奴は綺麗な顔してるだろ? でもこのページ死んでるんだぜ?」

「私に止めろっていったくせに、スレスレネタ使うなんて酷いじゃない!」


 そっちかよ!

 ページの評価じゃなくてそっちに怒るのかよ。


「解った、少し時間をくれ。六時間、いや四時間だ」

「四時間で作れるのか?」

「私、三日もかかったのに……ビックリだわ!」


 俺はこの落書きに三日も費やしたお前にビックリだ。

 お前の周囲だけ時間の流れが違うのか?


「これでも百のまとめサイトを手がけた男さ。四時間あれば充分だよ」


 まとめサイトが何なのかは解らないが、今の広島は大きく見える。

 元々横幅は大きいが人間として大きく見える。


「頼んだぞ広島!」

「ああ任せとけ。ところで店の名前は何て書いてあるんだ?」

「マシン・オリジナル工房だけど?」


 その『解るでしょ』みたいないいかたはどうかと思うぞ。

 絶対に誰も解らないからな。


「ダメダメ! そんな意味不明な屋号じゃお客さんが寄り付かないよ。新しい名前にするのをお勧めするね」


 酷いな!

 俺がいうのもアレだが、付けた本人を目の前にしてよくいえるな広島!

 マシン子が涙目で放心してるじゃないか。


「マシン子、何かないか?」

「え、えーと、この際だから義経に決めてもらおうかな。アハハ……」


 メグさんと会話している時も思ったが、彼女のメンタルは悪意のない罵倒に対しては豆腐並に脆い。


「それじゃあ、ジャッキー・オリ――」

「却下だ」


「マッスル・パワ――」

「却下だ」


「宝石大魔――」

「却下だ」


「菊川さんと櫻井――」

「漫才師かよ」


 名前を決めるのってなかなか難しいな。

 何かこうジュエリー感があって、ビビッとくる名前、名前……、あ。


「ロック・レンジャーなんてどうだ?」

「マシン・オリジナル工房よりは良いかな」

「義経、その名前をどうしてしってるの?」


「以前メグさんに聞いたんだが」

「メグ……誰だよその可憐な名前の人は!」

「私達の恩人でメグたんそっくりな人よ」


「何だって! その人がいってたのなら間違いない。店名はそれにしよう」


 お前、メグさんのことしらないだろっ。

 それに人でもないからなっ。


「水妖族にまで轟いているだなんて認知度が高いわね。あやかっちゃおうかな」

「マシン子が良いなら俺は何でも良いぜ」


 そんな軽いノリで屋号は『アクセサリーショップ ロック・レンジャー』に決定。

 広島はその後、物凄いスピードでウェブページを作り上げて行った。

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