幕間 禰宜と神主④

「菊川、真真子を分解するとはどういう了見だ?」


 苛電子を下がらせ、二人きりになるや否や陸奥はそう切り出してきた。

 やはり君はまだ過去の妄執から開放されてはいないのだな。


 かつて陸奥が愛した唯一の女性、黙芭子もくばこ

 彼女は私達が最初に創り上げた人工生命体だった。

 私と陸奥は親代わりとなり十八年間、黙芭子の成長過程を記録し続けた。


 当時まだ人工生命体に対して何の感情も持ち合わせていなかった私と違い、陸奥は彼女を目に入れても痛くない程『可愛がって』いた。


 黙芭子は感情も自我もなく、喋ることすらしない巫女シリーズのプロトタイプではあったが、何故か陸奥にだけは懐いているように見えた。そして気がつけばいつも彼の傍らが彼女の定位置になっていた。


 そんな彼女のことを女性として意識し始めた陸奥は、異界神社の禰宜職に志願し、黙芭子を巫女として伴い日元教国を離れたのだ。


 そして異世界『日本』の地で二人はめでたく結ばれたのだが。


 二人の間に息子が誕生し、このまま陸奥も黙芭子も幸せに暮らし続けるだろう。

 そう私が思っていた矢先……。


 人と結ばれ子供まで授かった人工生命体のサンプルとして教皇の私設部隊に黙芭子を『押収』され、二人は永遠に引き離されてしまった。


 その後、黙芭子がどうなったのかは思い出すのも憚られる。

 私とてそうなのだから、陸奥の怒りは想像を絶するものだっただろう。


 彼はそのことについて私に一言も愚痴を零さなかった。

 私の一族が代々教国の神主職を務める家系なので、そこに配慮してくれたのかもしれない。


「陸奥、君は私のことを信用してくれていると思っていたがね」

「人の心は移ろいやすいでの。延命処置を施しているなら尚更のこと」


「真真子を分解するという話を舞乱子に流したのは本当さ」

「菊川……、貴様!」


「待て、話は最後まで聞くものだ。真真子は自我に目覚めはしたが、人として一番大切な感情には目覚めていない。彼女の寿命は長くとも後九年。私は私なりに彼女を愛くしんでいるから焦っていたのさ」

「話の筋が見えんのぅ」


「真真子には幸せを掴んで欲しかったのさ。しかしこのままだと九年以内にその感情を自覚する可能性は極めて低い。どうするかと思っていた矢先に彼女が異界から連れてきたのが義経くんだったわけさ」

「ふぅむ、読めてきたわい。お主は要するに義経くんを利用したのじゃな?」


「見れば二人とも満更じゃなさそうだったしね。舞台を演出して一気に感情を加速させようとした私は、間違っていたと思うかい?」

「菊川……お主、やはりバカじゃのう」


「あっはっは。違いない」

「ふぉっふぉっほ」


 陸奥なら解ってくれると思っていた。

 私は確かに教国側の人間だし、この国の民の多くがそうであるように生命を弄ることに対して嫌悪感はない。


 だが人と同じ姿である人工生命体を物扱いする程、傲慢でもないつもりだ。


「ならば今後も真真子の立場は保証されるんじゃな?」

「当然さ。むしろ、彼女以外に異界巫女は考えられないね」


「それを聞いて安心したわい。急にきて悪かったのぅ」


 そういって陸奥は立ち上がり、私の肩にトンと手を置いた。


「好きな時に帰ってきてくれればいいさ。時に、君の息子は元気にしているかい?」

「あやつのことならお主の方が詳しいと思うておったが?」


「さすがに教皇と直接取り引きをしている彼のことは耳に届いてこないよ」

「そんなもんかい」


「真真子が鉱石に興味を持っているから、彼に合わせてあげたかったのだけどね」

「黙芭子の墓、といっても何も入っておらんが……。あやつは年に一度、墓掃除に来るでのぅ。その時にでも伝えておいてやるわい」


 この国の生体細胞科学において今やなくてはならない素材であり、人工生命体を人の水準まで押し上げるのにも必要不可欠な核である『龍石ドラゴライト』。


 その採取を一手に担っているロック・レンジャー達の動向は国家機密扱いで、私ごとき神主職の人間に情報は回ってこない。


「お願いするよ。それと真真子達には誤解させたままにしておいて欲しい」

「ふむ。とんだ親馬鹿じゃな」


 親馬鹿と思われようが、真真子にはしてやれる精一杯のことをしてやりたい。


 私が悪者を演じて彼女が幸せに近づくなら、喜んで悪者を演じ続けようじゃないか。






 ~ 幕間 禰宜と神主 了 ~

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