幕間 禰宜と神主③

「異界より陸奥むつ様がお戻りになられました」

「そうか。通してくれ」

「そのように」


 余程のことがない限り日本での禰宜職を免罪符に帰ってこない、陸奥在真志朗むつあるまじろうがこのタイミングで動いたとなると要件は一つだろう。


 私は少し悪戯の過ぎた童の気持ちになり陸奥の到着を待つ。


 むにっ。


「いやーん」


 むにむにっ。


「いやーん」


 今日は朝からこの苛電子で試しているが一向に成果は上がらない。

 誰で試しても成果は上がらなかったので気に病む程のことではないが。


「神主殿、何をしておられるのですかな?」

「待っていたよ。さあ、そんな所に立っていないでこちらへ」


 陸奥は入口の襖を少しだけ開け、そこから半身を覗かせていた。


「お言葉に甘えまして」

「陸奥、その喋り方は勘弁してくれないかな。身体が痒くなるよ」


「いくら同門同期の仲間とはいえ、今では立場もありますれば」

「何を怒っているのかしらないけれど普通に喋ってくれ。それにこの部屋は教皇庁から派遣されている現職巫女スパイの聴覚を狂わせる仕掛けが施してある。何を聞かれても大丈夫だよ」


「……ならばそうさせてもらおうかの」


 全く、陸奥は昔からこうだ。

 どうすれば私が嫌がるかを空気を吸うように感じ取って実践してくる。


 子供の頃はガキ大将だった彼に何度泣かされたことか。

 でも私が本当にピンチの時、駆けつけてくれるのはいつも陸奥だけだった。


「要件は真真子と義経くんのことかい?」

「あと、ちっちゃい娘……、名前は忘れたがその三人のことじゃ」


「『彼女』の名は舞乱子。七年前に命を吹き込んだ巫女シリーズの末っ子だよ」

「ほう。それにしては瞳に感情の色を宿しておったが」


「真真子ほどではないけれどね。自我に目覚めつつあるようだ」


 むにっ。


「いやーん」

「……」

「どうした陸奥?」


「先程から息をするように巫女見習いの胸を揉んでおるが、何の冗談じゃ?」

「冗談なんかじゃないよ。自我に目覚めるきっかけにならないかと思って、ここ数年全ての巫女見習いに対して続けているんだ」


「それで恥ずかしそうな声を出すまでになったのか」

「これは雰囲気重視の演出でね。胸を揉まれたらそういうように命令してあるのさ」


 むにっ。


「いやーん」

「な?」

「な? って同意を求められても困るが。菊川……お主、バカじゃろ?」


 真真子が、そして舞乱子までもが自我に目覚めつつある。

 しかし何を持って人工生命体が自我に目覚めるのかは未だ謎のままだ。

 それさえ解れば彼女達を『物』呼ばわりする輩はいなくなるはずなのに。


「まあその話は追々できる。まずは陸奥、君の誤解を解いておこう」


 察するに真真子達から私の取った行動を聞き、それを諌めに来たのだろう。

 幾ら日元嫌いだとはいえ、人工生命体のこととなると話は別か。


 君が過去の妄執から開放されるのは、一体いつになるのだろうね。

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