幕間 禰宜と神主②

 神社の本殿と鳥居、それに続く参道と寺院。

 その昔、それらの位置や方位でこよみを確定したという。


 この太陽信仰の配置は、かつて異世界転移してきた日元人によってもたらされた知識の名残りだ。


 日本では薄れてしまった太陽信仰ではあるが、ここ日元教国では正確な暦が確立された後も、唯一信仰として根づいている。


 この国の民は仏や十字架等の偶像を信仰する地球人と比べ、とても現実的だ。

 民より科学者や哲学者の集まりと評した方が余程しっくりくる。


 日元教の教えは知識の探求を説き、日元人は本来なら踏み入ってはならない神の領域にまで手を伸ばした。それにより病気はなくなり人は長すぎる寿命を手に入れたのだが、傲り高ぶった教国上層部は今尚続く人間至上主義に凝り固まってしまった。そうして他を排し同じ宗教、同じ思想を持つ者だけで構成された国こそ、日元という腐国なのだ。


 個人的感情も多々入り乱れてはいるが、儂が日元教国を嫌う理由はその辺りの事に由来する。


 ズルムケガラスに乗り、日元教国の首都『日光ひかり』上空へと辿り着いたのは正午過ぎ。実に六時間以上もの天空移動で身体は凍り付きそうになっている。防寒の呪術を使えれば良いのだが、儂には回復系以外の資質がない。


 日光の中心部に高々とそびえ立つ教皇庁の屋上では『籠』が開き、儂の駆るズルムケガラスを誘導せんと職員達が懸命にワカメを振っていた。


 ズルムケガラスというのは面白い鳥で、産まれて初めて食べたワカメの位置を起点とし、その南北にしか移動しない。ゆえに乗り物として飼い慣らす事も容易であり、現在十二羽の移動用ズルムケガラスが国で飼育されている。


「異界よりのご帰還、お疲れ様です!」


 まだ若く純粋で、この国の闇をしらなそうな職員がそう声をかけてきた。

 この男もいずれ出世と共に純粋さを失うのかと思うと胸が痛む。


「気を張らずとも良い。お主こそ誘導ご苦労じゃったのぅ」


 儂は男にそう声をかけると同時、ズルムケガラスの背から飛び降りる。

 身体が冷えているせいで着地の衝撃がきつい。


「またすぐに帰るでのぅ。それまでコイツを留めておいておくれ」

「承知致しました!」


 屋上から地上へと降りる昇降塊しょうこうかいに乗り「地上階へ」、と決められた言葉を口にする。昇降塊は不気味に脈動しながら儂を包み込み、無数の触手をせわしなく動かしながら最初はゆっくりと、そして徐々に速度を上げて降下して行った。


 意思も自我もなく、中途半端に命を吹き込まれた歪な生物。

 この国はどこもかしこも、こんな歪さで溢れ返っている。


 地上階へと降り立った儂は廊下で出会った全ての教団関係者を無視して教皇庁を後にした。


 黄色い移動塊を拾い、行先を告げると一瞬運転手が恐れたような顔になるが、その反応には慣れているので余計な言葉は繋げず、目的地に着くまで後部座席で黙祷をすることにした。


 祈りの対象は太陽でも教皇でもなく『龍神』だ。


 儂の家系は代々禰宜や宮司を多く排出する一族なのだが、そのことを隠れ蓑にした龍神信仰の家系でもある。


 数多の命を星の地下深くから排出すると語られている龍神。


 言葉通りではなく、超常の存在として当てはめられた龍神という名前だが、その存在が架空でも偶像でもないことは日元教国上層部に属する者なら誰でもしっている。


 しっているくせに傲慢な彼等は龍神でさえ操れると本気で思っているから始末が悪い。あれは決して人如きがどうこうできるものではないというのに。


 暫くぶりにこの国を見ると、どうしても龍神に祈りを捧げたくなってしまう。

 それがどんなに無駄な行為だと解っていても。


 龍神よ。浅ましい我ら人間を許し給え。

 願わくば目覚めることなく、悠久の時を微睡み続け給え――

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