幕間 壱

幕間 禰宜と神主①

 屋根の上、雀達の声が意識に響き始める。

 それがちょっとした騒音になった頃、儂はゆっくり瞼を開く。

 曙にはまだ早いこの時刻から起き出すのが禰宜になった時からの習慣だ。


 この神社は実質、儂一人で切り盛りしているといってよい。

 巫女として真真子が配属されてはいるが、自分の興味があることを優先しがちなのでここにはあまり寄りつかない。


 彼女は人工生命体としてイレギュラーな存在で、その思考や表情の多彩さは儂ら人間と寸分も変わりがない。儂としてもそんな彼女を神社に縛りつけておくような真似はしたくないので、好きに行動させている。


 元より短いその命、散り際まで精一杯悔いのないよう使ってほしい。


 最近彼女はジュエリーアートなる物に凝っているらしく、国家予算で維持しているビルの地下室を改装して何やら工房らしき物に変えてしまった。


 昔から突飛な行動をする御転婆だったが、誰からも奇異の目で見られないこちらの世界へきてからは、その行動力にどんどん拍車がかかっている。


 彼女の作ったアクセサリーは日元のジュエリーショップでも人気が高く、聞いた話では販売予約が二ヶ月先まで埋まっているとかどうとか。


 その工作技術も素晴らしいが、それをより引き立てるデザインセンスも秀逸なのだと、以前立ち寄ったジュエリーショップの店主がべた褒めしていたのを思い出す。


 好きこそ物の上手なれ。

 こちらの世界にある格言だが、正にその通りだと儂は思う。

 ほんに人工生命体の枠から逸脱した楽しい娘だ。


 儂は作務衣に着替え、中庭の掃除を始めた。

 麒麟の鳥居と呼ばれる特殊な鳥居だけがあるこの中庭は、儂ら日元人が元の世界へと帰るのになくてはならない転送装置であり代替の無い貴重な場所。


 敷石で隠された地中には鳥居の内部で生かされ続けている麒麟の脳細胞と連動するよう、帰還用の魔法陣が描かれている。


 日元嫌いの儂にはあまり必要もないが、だからといって清掃を怠る理由にはならない。儂の役職はこの場所を護る、その為だけにあるのだから。


 麒麟の鳥居を中心に熊手で渦を描くよう敷石を整えていると、中庭の空気が振動し始めた。


 日元から誰かがくるのか。

 こんな早朝に何とも珍しい。


 フォン――


「マシン子、ブランコ子、動けるか?」

「ええ、問題ないわ」

「問題ありません」


 空気の振動が終わると、鳥居の下に三人の来訪者が現れた。

 来訪者といっても義経くんは元々こちらの人間だから帰還者というべきか。


「おや、真真子に義経くん、それとちっちゃい娘さんじゃのぅ。はて、誰じゃったか?」

「禰宜さん、おはようございます。彼女はブラン子、巫女見習いの一人よ」

「舞乱子と申します」


「ちっちゃいのに礼儀正しいのぅ。どれ、茶でも飲んで行かんか?」

「禰宜さん、ごめん。俺達ちょっと……急いでるんだ」


「ほむ、何やらただごとではなさそうじゃの。どれ、儂に話してみんか? 力になれると思うが」

「いやでも……マシン子、どう思う?」

「禰宜さんなら大丈夫。日元嫌いで有名な変人だもん」


「これ真真子、目上の者に向かって変人はないじゃろ」

「アハハ、ごめんなさい。でもその通りでしょ?」


 まあ、そうなのだが。


 儂は掃除を中断し、彼等を茶室に招いた。

 そこで彼等から聞かされたのは、何とも驚くべき内容だった。


 あの菊川が真真子を分解しようとしたらしい。

 人一倍、自分の造った人工生命体を慈しむあの男が、そんな事をするだろうか。

 しかし彼等はそう語っているし、その目に偽りはない。


 菊川とは同じ学舎で過ごした同期であり、儂が親友と呼べる唯一の人間だ。

 儂と違い定期的に延命処置をしているせいで、心を邪龍に侵されたのだろうか。


 これは一度、日元に戻ったほうが良さそうだ。


「日元の奴らは異世界転移などしてこんよ。奴らにそんな度胸はないからのぅ」

「でも万一ってことが……」


「よしんばくるとしても、それは相当時間が経ってからじゃ。いかに菊川といえども、教皇庁に報告もせず予定にない転移をしてくるとは思えん。しばらくは普通に過ごしておるとよい。その間に儂が様子を見てきてやるわい」

「本当か、禰宜さん!」

「禰宜さん、感謝するわ!」


 彼等を見送った後、儂は日元へと向かう準備を始めた。


 準備といってもワカメだけなのだが。

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