3章11話 義経、推して参る④
「研究サンプルを持ち出すとは、何て馬鹿な真似をしてくれたんだい」
マナティー親父の言葉が俺を熱くする。
「彼女はサンプルなんかじゃない。俺のパートナーだ! 助けるに決まってるだろ」
「義経……」
「違うね。ソレは人工生命体のサンプルに他ならない。そしてその所有者は君ではなく私だ。手荒な真似はしたくないんだよ、ソレをこちらに渡しなさい」
「彼女は、そんな『物』じゃない!」
「だからそこが違うんだよ。最初にいったよね、日元と日本とでは生命に対する認識が違うと。ソレは私が造った人工物であり日元の、いや、生体細胞科学の推進力となり得るサンプルなんだよ」
その理屈は……、解りたくはないが解ってしまう。
それが誰の物で、どう国の役に立つかなんてのは考えれば解ることだ。
日元人はマシン子の情報、即ち思考や情緒の変化などのデータに価値を見いだし、国の将来を思ってそれを解体し『保存』しようとしている。
俺と他人の価値観は必ずしも一致しない。
そんなこと、小学生の時からずっと解ってる。
「気を悪くせずに聞いてくれないか。ソレは見た目だけは確かに人間だが中身はそうじゃない。地球人だって豚や牛の品種改良をして美味しさを追求するだろう? 我々だって同じさ。品種改良を繰り返し、より完全な人工生命体を造り上げたいのだよ」
解ってる。
俺が彼女に価値を見いだしたのは名前やその性格……、表面に見える物にだけだ。
「さあ、義経くん。早くソレをこちらに」
解ってるんだ、価値観は人それぞれ。
しかも国のそれとは比べものにならない程、俺の価値観なんてちっぽけだって。
でもな……
「マシン子は絶対に渡さない」
「……そうかい、残念だよ。お前達、義経くんと真真子を拘束するんだ」
「そのように」
「そのように」
「そのように」
「そのように」
その命令ですぐさま巫女見習い達が動き出す。
「ブラン子、俺に掴まれ! すぐにだ!」
「そのように」
今からしようとしていることは絶対に、どうしようもなく間違っているのだと思う。
それは俺が産まれて初めて価値観を無視して取る行動。
砦としてきた絶対的な掟、行動理念、優先順位、そんな物を全て否定する行為。
マシン子に回した腕に力を込め、ブラン子が脚に掴まるのを確認した後、ズボンのポケットから簡易鳥居を取り出し振りかざす。
「待て、転移とは卑怯だぞ! 許さんからなぁぁぁ」
それは日元との決別。仕事との決別。価値観との決別。
そして正直な気持ちとの邂逅。
人を好きになるってことは、気に入った宝石を買うのと似ていると思っていた。
金で買えるかどうかの差はあるものの、その価値を見いだしたからこそ好きになり手に入れたくなるのだと思っていた。
でもそんな、価値観や理屈で割り切れない気持ち。
きっとそれが……。
簡易鳥居の中に組み込まれている麒麟の細胞は、すぐさま振り上げられた刺激を感じ取り『異世界』へと俺達を運んでくれた。
~ 三章 了 ~
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