3章8話 義経、推して参る①

「じゃあ、あとは頼むぞ」

「そのように」


 助け起こされ、ドアノブへと手をかける俺。

 この階にあるドアはこれ一つのみ。

 マシン子が捕らわれているとしたら、この中だろう。


 ノブを握る手に力を入れ、一気にドアを開け放つ。


「マシン子! 無事かっ」

「この廊下の先が精密検査室です」


 後ろから冷静に俺の勘違いを正すブラン子。

 開けた先が廊下になってるなんて詐欺かよ!


 『義経っ! どうしてここへ』『決まってるだろ。お前を助けるためさ』みたいな展開を予想していたのに、ただの叫び損だった。


 廊下は薄緑色のプヨプヨした物に覆われて脈動し、淡く発光している。

 ここに来るまでの壁や天井は改装がなされておらず、全てコンクリートだったのに……。ここから先は特別ってわけか。


 俺は気合を入れ直して注意深く進む。

 廊下は一直線に伸びていて、その先は一つのドアへと繋がっている。

 あれこそ精密検査室に違いない。


 ドアの前まで辿り着き、緊張を解すために大きく深呼吸。

 そしてゆっくりノブを引いた。


 廊下よりも鮮やかな緑色のプヨプヨで室内が覆われ、機械と生物細胞が融合したような、何に使うのか解らない装置が壁に沿ってぐるりと並べられてある。


 部屋の中央にはマグロが解体できそうな大テーブルが一つ。

 その横に金属製のオフィスチェア。


 オフィスチェアの後ろには小さなカウンターがあり、その上には様々な道具類が乱雑に置かれている。


 そしてカウンターの先には――


「マシン子っ!」


 それを見た瞬間、俺は無意識に駆け出していた。


 映画で見たコールド・スリープ用カプセルみたいな物の中に、目を閉じて揺蕩っているマシン子。


 カプセル内部は透明な液体で満たされていて、一見彼女は溺死しているようにも見えるが、一定間隔で口から気泡が出ているので液体酸素か何かで生かされているのだろう。


 カプセルは数秒毎に幾つもの淡い色彩の光を放ち、その中で眠っている彼女は残念なことに――いや、むしろ裸よりエロい――いや、大胆にフロントカットされた肌に密着するタイプの黒いスイムワンピースを身に着けていた。


 長い黒髪がユラユラと、まるで生き物のように動いて俺を誘惑している。

 この世のものとは思えない美貌を備えた女神がそこに――って、違う!


 見惚れている場合じゃない。

 マシン子をカプセルから出さなければ!


 俺は手当たり次第に周囲のボタンを押しまくり、レバーを倒しまくり、様々な角度からスイムワンピース姿を脳裏に焼き付け、必死にカプセルを開けようとしたがどうやっても開かない。


「ここで諦めるわけにはいかないよな」


 俺はテーブルの横にあったオフィスチェアを振り上げ、勢いをつけてカプセルの横っ腹に叩きつけた。


 何度も何度も叩きつけたのでオフィスチェアは変形し、背もたれ部分が歪んできた。カプセルも開閉部らしき箇所の中央が歪にへこみ、そこから液体が漏れ出している。


 もう少しだ。もう少しでマシン子を!


 何十回と椅子を叩きつけ、オフィスチェアがスツールに変わった頃。

 空気の抜けるような音がしてカプセルの扉が開き、俺とマシン子を隔てていた障壁が取り払われた。

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