3章6話 ブラン子

 道なき道を転がり、崖から転がり落ち、川を強引に渡って尚、搭乗者の姿勢を崩さない自動塊は本当に素晴らしい。


 生体細胞文明の凄さを再確認しながら、俺達は雉巫女神社へと急いだ。


 神社に到着したのは深夜にさしかかった頃で、明かりのない境内をブラン子に先導してもらいながら本堂脇の階段から地下へと降りる。


 何事もなくマシン子を連れ出せれば良いと思っていたが、そうは問屋が卸さないようだ。地下五階まで降りた俺達の眼前、地下六階への道を通せんぼする形で巫女見習いが立ち塞がっていた。


「ブラン子、彼女を説得できるか?」

「そのように」


都流子まちるこ、そこをどいて下さい」

「それは非なことです」


「理由の開示を求めます」

「お父様より何人なんびとたりとも通すなと仰せつかっております」


「義経様はこの先に進むことを希望されています。そこをどいて下さい」

「それは非なことです」


「了解致しました。強制排除致します」

「迎撃致します」

「ちょっ、ブラン子。もっと話し合いをだな……」


 サッと後ろに飛んだブラン子は、そこから急加速してマチル子と呼ばれた巫女見習いへと接近し右腕で胴を薙ぎ払う。しかしマチル子はその薙ぎをすんでのところで躱し、不安定な体勢から左足を大きく振り上げカカト落としを繰り出した。ブラン子の耳を掠ったそのカカトはコンクリートの廊下にめり込み、一瞬彼女の動きが止まる。その隙きを見逃さずブラン子は床につけた左手を軸とし、ウィンドミルの要領でマチル子の足を刈り取った。


 俺はそのダブルぷるん――いや、息つく暇もない揺れ――いや、攻防を固唾を呑んで見守った。


 何だろう、見間違えでなければブラン子の足が一瞬刃物のように尖ったような。

 その証拠にマチル子の巫女装束は脛の辺りで切り裂かれていて、そこから覗く白い脚から血が流れている。


「諜報型の貴女では戦闘型である私の足止めは困難です。速やかな降伏をお勧めします」

「理解しました。降伏勧告に応じます」


 マチル子はその場から立ち上がるとそのまま横にずれ、俺達が通れるスペースを空けてくれた。


 彼女は無言だが、こちらも急いでいる身。

 これは通っても良いとする態度だと解釈させてもらおう。


 しかしブラン子が、こんなにも強かったとは。

 マナティー親父はボディーガードも兼ねて彼女を俺につけてくれたのだろうが、その配慮が裏目に出た感じか。


「ブラン子、精密検査室はまだ先なのか?」

「ここよりもう一層下の区画になります」


 よくもまあ、そんなに深く地下施設を伸ばしたものだ。

 この深さが隠蔽したい物の機密性とイコールに思えてならない。


 階段を降りて地下六階へとやってきた俺の目に、またもや巫女見習いの姿が映る。

 しかも今度は二人。


 この階は大きく開けたホールのような造りで、その奥には扉が一つ。


「お戻り下さい。ここから先は立入禁止です」

「お戻り下さい。ここから先は立入禁止です」

「ガンバ大阪戦のペアチケットで手を打たないか? もちろん後払いで」


「それは非なことです」

「それは非なことです」

「後払いじゃ無理か。ブラン子先生、説得をお願いします」

「そのように」


「義経様より貴女達の説得を要請されました。そこを通して下さい」

「それは非なことです」

「それは非なことです」


「了解致しました。強制排除致します」

「迎撃致します」

「迎撃致します」

「だから話し合いをだな……」


 とはいえ、融通の聞かない彼女達を説得するのははなから無理だと俺も思っていた。だからブラン子の切り替えの速さは実に合理的だといえる。いえるのだけど、社交辞令的にもうちょっと粘っても良いんじゃないかな、とも思う。


「勝てるのか? 相手は二人だぞ」

「巫女見習いの名は体を現します。婦琴子ふきんこ香椀子かばんこ芸妓げいぎ型。数の不利はあれど排除可能かと」


「俺がいうのも変だが、手加減してやれよ」

「そのように」


 ブラン子の邪魔にならぬよう後ろへ下がり、しかし万が一に備えていつでも動ける体勢を維持する。


 これでも学生時代は拳法部副主将だったんだ。

 身体能力の高い彼女達と互角にやり合うのは厳しいが、足手まといにならないくらいには動けるつもりだ。

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