3章5話 義経、馳せる

「義経様、お風呂の御用意が整いました」

「ありがとう、ブラン子。じゃあ背中を流してもらおうか」


「そのように」

「いや、冗談だからね! 妄想だけでお腹いっぱいだからね」


 マナティー親父にマシン子の出生を聞かされてから二ヶ月。


 あの後、俺は拠点用にと山奥の山荘を貸し与えられ、世話係としてブラン子を付けてもらった。世話係といっても俺がこちらの世界にいる時だけで、簡易鳥居を使って日本に帰る時はついてこないのだけど。


 良すぎる待遇なので一度は断ったのだが、名目上は雉巫女神社の客人なのでそれ相応の扱いをしないと神社の沽券に関わると押しきられた。


 簡易鳥居は時空転移能力を持った魔獣『麒麟』の細胞を手のひらサイズの鳥居に組み込み、それに秘術を施して一方通行の異世界転移を可能にしたアイテムだ。


 これを振ると中の細胞に刺激が伝わり時空転移が開始される。

 秘術によって日本の雉巫女神社へと着地点が固定されているので、どこからでも帰ることが可能なのだ。


 ちなみに日元教国から日本へ行く人間は、ほとんどいないらしい。

 異世界転移という荒唐無稽な行為を進んで行う人間は少く、危険がないと理屈では解っていても『実はなにかしら身体に悪影響があるはずだ』との風評がおおむね信じられているそうだ。


 そんな理由で向こうの門を管理する仕事は余程の変わり者か(あの禰宜さん、変わり者だったんだな)、マシン子のような人工生命体が担っている。


 巫女として創られた人工生命体は、異世界転移に耐えられるよう再生能力と身体能力が高く、その代償に寿命が短いらしい。『異世界転移に再生能力なんていらないだろ』と思うのだが、偉い人はそう考えなかったようだ。そのせいで寿命が短いなんて彼女達は風評の被害者といえる。


 採集した鉱石はマシン子が買い取ってアクセサリーを作る予定だったのだが、精密検査とやらが長引いていて、その間だけマナティー親父が『円』で買い取ってくれている。


 稼げるし待遇は良いし、これで不満をいったら日本のサラリーマンから袋叩きにされそうだが……。


「マシン子、どうしてるかな」


 風呂桶に浸かりながら、最近は彼女のことばかり考える。


 俺も生活があるので精密検査の終了を待つ余裕はなかったが、あれ以来マシン子とは会えず仕舞い。どうも彼女がいないと、何かが欠けているような気分だ。


「もう二ヶ月だしな。さすがにそろそろ検査も終わるだろ」


 会いに行ってみるか……。


 マナティー親父から色々と聞かされて、あの時は顔を合わせ辛かったが、何であろうとマシン子はマシン子だ。彼女は誰が何といおうとも人間だし、俺にとって唯一無二の価値ある存在だ。


 懐にも余裕が出てきたし、数日仕事を休んでも生活に支障はなくなった。


 うん、会いに行こう!


 風呂場から出て身体を乾かし寝間着に着替える。

 リビングに行くとブラン子がお茶を煎れてくれていた。


 通話電塊つうわでんかいで業務連絡はしているようだが、彼女もそろそろ神社の姉妹達と会いたいに違いない。


 そういえば、ブラン子以外の巫女見習いはどんな名前なのだろう。


「ブラン子、巫女見習いって何人いるんだ?」

「十六人です」


「名前って誰がつけてるんだ?」

「お父様です」


「全員の名前を教えてくれ」

「はい。舞乱子ぶらんこ苛電子かでんこ富富子ふとんこ婦琴子ふきんこ蛮素子ばんそこ鶴錦子ずきんこ佐音子さいんこ香椀子かばんこ


 安定の意味不明さだな。


海来子みらいこ或帝子あるていこ流華子るかこ破紋子はもんこ――」

「待て待て待ていーっ!」


 名前がスレスレとか卑怯だろ!

 マシン子といいマナティー親父といい、異世界人は油断も隙もないな。


「続きはまた今度だ。それより明日は仕事を休んで雉巫女神社に行こうぜ」

「そのように」


「ブラン子の仲間にも挨拶しておきたいしな」

「そのように」


「その前に街で買い物でもするか」

「そのように」


「マシン子も誘ってさ」

「それは非なことです」


「もしかしてブラン子はマシン子と仲が悪いのか?」

「いいえ」


「じゃあ、一緒に行けるだろ?」

「それは非なことです」


 う~ん、ブラン子とはスムーズに会話が成り立たない時があるんだよな。

 こちらの聞き方が悪いのだろうけど。


「一緒に行けない理由を教えてくれ」

「はい。真真子姉様は精密検査の結果、分解されることが決定しております」


「えっ?」

「ゆえに、真真子姉様の外出は許可されておりません」


「それはつまり……、マシン子がこの世から消えるということなのか?」

「それは是なことです」


「いつだ! 彼女はいつ分解されるんだ」

「明日の未明には」


 山奥で呑気に仕事をしてる場合じゃなかった。

 ブラン子に身体を洗わせる妄想をしてる場合じゃなかった。

 

「すぐに出発する! 自動塊を表に回してくれ」

「そのように」


 マシン子がいなくなるなんて納得できるわけがない。


 どんな理由があるにせよ、さらってでも絶対に助け出してみせる。

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