3章4話 真真子②

 マシン子の親父さんに着いて廊下を歩き、最も奥まった場所にある一室へと招かれた。


「ここは私の私室でね。本来なら知人しか通さないのだが、櫻井くんは特別だよ」

「はぁ……」


「まあ座りなさい。すぐに茶がくるからゆっくり話そうじゃないか」


 俺は進められるままに入室し、チラチラと周囲を観察した。

 出入口と向かって左側の壁には襖があり、襖を開けると隣の部屋と繋がる構造のようだ。


 窓はなく、床には畳が敷かれている。

 畳の数を数えると八枚だったので八畳なのだろう。


 部屋の中央には七輪が置かれ、それを挟んで座布団が一枚づつ敷かれている。

 他には何もなく、ここからマシン子の親父さんがどういう趣味を持っているのか想像するのは難しい。


「失礼致します」


 スッと入口の襖が開き、マシン子が茶を乗せた盆を持ってきた。

 いや、マシン子じゃないな。

 服装が違うので先程見た巫女見習いの一人だろう。


「うむ。舞乱子ぶらんこ、下がって食事の支度を」

「そのように」


 マシン子にブラン子。

 この世界の名付けは一体何を基準にしているんだ?


 彼女はマシン子と比べれば表情に乏しく、そんな事はないだろうがロボットのようだ。


「さて、よく日元教国に来てくれた。異界からの訪問者はとても珍しくてね。改めて歓迎しよう」

「あ、ども」


「あっはっは。何も緊張することはない。アレからあらかたの情報は取得している。こちらの世界で鉱石を採集したいのだろう?」

「マシン子さんがそういったのですか?」


「アレは何もいわんよ。アレには呪術をかけていてね。この世界へ帰ってきた際に向こうの世界での記憶が、ここへ送られる仕組みなのさ。何か不具合があった時のために保険としてね」


 アレ、アレって。娘じゃないのかよ。


 そんなことを思っていると顔に出たのだろう。

 マシン子の父親さんは口角を上げて顔を戯けさせ、俺の方へ身を乗り出してきた。


 喰われるっ!

 いや、マナティーは草食だった。


「ねぇ義経くん、真真子のことが聞きたいのだろう?」


 俺が今一番聞きたいことをズバリ突かれた。

 この草食動物、表情の変化を読むのが上手い。


「ええ、良かったら教えてくれませんか。マシン子さんは貴方の娘さんですよね? さっきから聞いてたらアレとかコレとか、まるで物みたいな言い草じゃないですか。異世界の親子関係ってそんな感じなんですかね」


 険のある口調になったが、どうしたってこの苛立ちは隠せそうもない。

 

「やはり真真子からは何も聞いていないようだね。では真真子や先程きた舞乱子達が『何物』なのか教えてあげよう」


 俺は脇の下に冷たいものが流れるのを感じた。

 マシン子の親父さんが語る事、それはきっと事実であり真実であり、俺の常識を超越した事柄に違いない。聞いてしまえば戻れなくなる。


 でも――、聞きたい。


「お願いします」

「そんなに硬くなる話ではないと思うけれどね。まずはこちらの世界と地球とでは、生命に対する認識が違うことを踏まえて欲しい」


「そのようですね。ブヨブヨした建物や転がる細胞の塊を見ましたよ」

「ならば話は早い。生体細胞を弄る科学技術を発展させた我が日元教国において、生命創造は禁忌とは捉えられていない。こちらの人間から見れば地球人が機械にAIを組み込んで紛い物の命とする方がよっぽど禁忌に映る行為だと理解して欲しい」


 それは違うだろう。

 機械に人工知能を組み込んだとしても、それはどこまで行っても機械だ。

 それと生命を創るのとでは大きく意味が違う。


 人間と遜色のないアンドロイドやサイボーグと呼ばれる物ができたとしても、それを生きているなんて誰も……いわないのか?


 今現在、地球ではオードリー・ヘプバーンをモデルにした人工知能搭載型ロボット・ソフィアが、サウジアラビアの市民権を与えられている。ソフィアは人間に近い容姿だが、それでもまだ機械然としている。そんなロボットでさえ市民権を得ているのだ。


 では人間と容姿も変わらず、独立した思考をして独自の判断で行動する。

 感情もあり、恋愛もして、嘆き悲しみ、喜び笑う。

 そんなロボットが今後誕生したとして、それは生きているとはいえないのか?


「話を続けても良いかな?」

「あ、はい。考えごとをしていました。続けて下さい」


「アレらの父親は私で違いない。だがそれは私がアレらを創ったからだよ。細胞から育て、遺伝子情報を書き換え、異界神社の巫女に相応しい能力を植えつけた。知っているかい? 真真子も舞乱子も人間を大きく上回る再生能力があるんだ」


 知っていた。

 目を逸らしていたが解っていた。


 あの幻想的な世界樹を背に高貴な祈りを捧げていた彼女(※記憶が美化されています)の肌は、事故直後だというのに不思議なほど美しかった。


 俺が回復まで何日もかかったのに、彼女は一日でケロッとしていた。

 おかしいとは思っていたが深くは考えなかったんだ。


「じゃあ彼女は……」

「そうだよ。人間ではないし、ましてや実の娘でもない。アレは巫女という道具に過ぎないんだ」


「でも彼女は……感情もあるし、戯けて、いつも笑って、俺に笑いかけて……」

「そこなんだ! 通常、人工生命体は自我なんて目覚めないのだがね。何故かアレは自我を形成出来ているのさ。私もその謎が知りたくて定期的に精密検査をしているのだが、今もって謎のままなのだよ」


「それって、じゃあ、マシン子さんは人間って事じゃ――」

「違うね。アレらは人間と呼べるような物ではない。普通は自我に目覚めないから逐一命令しなければ行動しないし、寿命もどうやったって三十年より長くは生きられない。君が真真子をどう思おうが、それは君の自由だよ。でも、解って欲しい。真真子は誕生した時から人間ではないのだよ」


 マシン子が、道具……。


「この話はこのくらいにしようか。そうそう、義経くんさえ良ければ好きなだけこの国に留まってくれて構わないからね。舞乱子を君に付けよう。アレに身の回りの世話をしてもらうと良い。真真子は精密検査に暫くかかるだろうからね」


 嘘だろ、そんな……。


 あれ?


 俺、何だか熱くて――


 気づくと畳が濡れていて、その染みはゆっくりと広がって行った。

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