3章2話 生体文明

 あの日、入国した俺の目に映ったのは名状し難い光景だった。


 石畳が敷きつめられた道を転がって走る肉団子のような白い塊。

 丸いゼリー状の物を頭からスッポリとかぶって歩く人々。

 かぶっていない人も中にはいるが、大多数の人は何だか解らないそれをかぶっていた。


 そして緑色の柔らかそうな物に包まれた建造物群。

 レジャー施設にあるドーム型エア遊具を彷彿とさせるそれらは一定のリズムでブヨンブヨンと小さく揺れ、まるで呼吸をしているように見えた。


 ところ変われば文化も変わる。

 日本でも、ましてや地球でもないのなら尚更変わるだろう。

 でも、これは……。


「なんじゃこりゃ!」

「日元教国よ」


「解ってる、いやそうじゃない。何だよこのブヨブヨワールドはっ」

「アハハ。確かにそう見えるわね。日元教国はこの世界でも稀な生体細胞文明を築いているの。建物が揺れてるでしょ? あれはね、脈動しているのよ」


 脈動ってことは生きているのか。

 建物が?

 あの転がっている塊も?

 人々がかぶっているあのゼリーも?


 それはつまり人の手で生命を創り出して、弄くり回してるってことなのか?


「あの頭からかぶってるゼリーみたいなのは?」

「あれは疲労回復効果のあるヘルメットよ」


 俺達が壁の近くで騒いでいると、立ち止まって見てくる人が増えてきた。

 そういえば服もボロボロで傷だらけ。

 こんな格好で騒いでいたら人が集まるのも道理だ。


「色々と思うことはあるでしょうけど、とりあえずここから離れましょう」

「教皇庁ってところに行くのか?」


「あんな場所には行かないし行きたくもないわ。私の家、といっても神社だけど。そこに向かいましょう」

「ああ、そういえば巫女だったよなマシン子って」


「なりたくてなったわけでもないけど……」


 一瞬目を伏せ沈んだ表情になったマシン子だが、次の瞬間には元に戻っていた。

 辛い過去でもあるのだろうか。何かいってやりたい気もするが、どの辺りまで踏み込んで良いものなのか俺には解らない。


「あの転がっている物体は自動塊。色が黄色い物は地球でいうタクシーなの」


 マシン子が手を挙げると一台の自動塊が回転を止めて器用に停車した。

 大豆のような上半分がゆっくりと開き、中にいた運転手が笑顔を向けてくる。


 自動塊の内部はゴムボートみたいな感じだった。


 運転席にはプヨプヨした内装の上に幾つかの計器やボタンが取り付けられていて、どうやらそれで速度や進行方向を調整するみたいだ。


「雉巫女神社までお願い」

「はいはい。支払いはカードで?」


「ええ、これでお願いするわ」


 マシン子は門兵に見せたのと同じカードを運転手に渡す。

 身分証がクレジットカードも兼ねているのか。

 あのカード、万能だな。


「はーい。菊川……あ、あんた」

「お喋りは好きじゃないわ。早く出して頂戴」


「は、はい。では出発します」


 門兵も運転手さんも菊川の名前を見た途端、明らかに態度が変わった。


 異界神主が使うバケモノ――


 この言葉が頭から離れない。

 普段なら疑問は躊躇なく聞く質だが、心のどこかで聞いちゃいけないと歯止めがかかる。


 マシン子はどう見てもバケモノではない。

 地球では一緒に鉱石を探し、異世界の空では危険を顧みず俺を救ってくれた優しい女性だ。


 怪我もするし、自爆もするし、疲れもする。

 多少、女性にしては身体能力が高いかもしれないがそれだけだ。

 バケモノというならメグさんの方が余程それらしい。


 まさか……ぷるんか!


 このバケモノ級のモノを指してそういっているのか。

 セクハラも甚だしい。けしからん、実にけしからん。


 って、違うだろうな。

 むしろそんな軽い理由であって欲しい。

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