3章 往来編

3章1話 生活基盤

 この世界と地球とでは、大陸や島の形はほぼ同じだけど地形が違う。


 例えば日本の関東地方に流れる利根川。

 この川の上流にはダムがあって、関東一帯にはなくてはならない水源だ。


 しかし異世界の日元教国において利根川らしき川の上流にダムはなく、周囲の地形も大きく違っている。


 どのくらい違うのかといえば地質学なんてしらない俺が見ても一目瞭然だ。

 周囲の山々は全て活火山で、川の形も地形の起伏もそのせいで変化している。


 それはもう、日本とは全くの別物といっても良い。


 この国の山は殆どが活火山らしく、頂きからモウモウと噴き上げている煙が一般人を川の上流へ寄せつけない要因となっている。


 日本では科学的にメカニズムが解析されている噴火のプロセスも、日元人の間では神や精霊の仕業だと思われているフシがある。噴火に対する認識が日本人と日元人とでは違うのだ。


 大規模な噴火なんてそうそう起こるものじゃないし、事実ここ数十年は大きな噴火はないと聞いている。だから俺としては独占状態で鉱石採集のできるこの環境に不満はない。


 サファイア、ルビー、ダイヤ、トパーズ、アメジスト。

 およそ日本の川ではお目にかかれないような鉱石がここ神利根川しんとねがわの上流で採取できる。


 この場所に通いだして二ヶ月経つが、その間だけで俺の鉱石に対する知識は大幅にアップしたし収入面もアップした。


 日本と日元の往来もスムーズで、こちら側からならどこからでも『簡易鳥居』を使って帰れるし、こちらでの生活を強要されることもない。


 日本からくる時は『麒麟の鳥居』から入ってズルムケガラスを呼ばなければいけないが、あれ以来事故もないし(余分なワカメを持って行かないことが重要)順調に生活できているといえる。


「ふう、今日はこれくらいにしておこうかな」


 孤独な作業なのでついつい独り言が漏れてしまう。

 俺はリュックに採集した鉱石を入れ、河原を後にした。


 ここは河原へ降りるのが簡単な割には貴重な鉱石が多く、もっぱらこの場所か一つ向こうの支流で採集することにしている。拠点として貸し与えられている山荘からも近いしな。


「お疲れ様です」


『移動塊』を停めてある山道に戻ると、待機していた異界巫女見習いが声をかけてきた。


 彼女は俺の日常生活を補佐してくれている女性で名前はブラン子。

 容姿だけ見れば、まるでマシン子そのものだ。

 性格は全く違うけど。


「ずっと立っていたのか?」

「座れと命じられておりません」


 しまった!

 彼女の待機姿勢に関する命令を忘れていた。


「ごめんな、ブラン子。帰りの移動塊は俺が運転するから、ゆっくり座っていてくれ」

「そのように」


 俺は移動塊に触れ、その表面で軽く印を結ぶ。

 大豆のような形状をした上半分がゆっくりと開き、ゴムボートのような感触の内部へと乗り込んだ。


 ここ日元教国における文明は地球のような機械文明ではなく、生体細胞文明とでも呼ぶべき方向に特化している。人工細胞を加工し、そこに核となる幾つかの動力を埋め込むことで機械と同じような物を造り出しているのだ。


 この移動塊にしてもそれは同じで、人工細胞から造られているらしい。

 地面を転がって走るのに内部は回ることもなく、抜群の安定性で乗っていられる優れ物だ。


 最初は驚いたが、慣れてしまえば地球の自動車よりも使い勝手が良いので重宝している。しかも燃料は大気中や接した地面から吸収し、理論的には永久駆動できる。


「じゃあ帰ろう。……と思わせておいて、もう一度河原へ降りようかな~」

「そのように」


「……冗談だよ」


 今の生活に不満なんてない。


 俺は同世代の奴らよりも稼いでいるし時間にも余裕がある。

 人がしらない世界もしっているし貴重な体験もできている。

 美人で命令を順守する補佐もいて、生活には一切支障がない。


 不満なんてあるわけないんだ……。

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