2章16話 ロック・レンジャー

 暗く何もない空間を落下し続けていた。


 父さん母さん。


 俺、二人のいる世界で死ぬこともできなかったよ――


 お前と戦うなんてとんでもない。


 何となく友人に悪いからな――


 イルカに発信機をつけよう的なノリはどうかと思うぞ――


 近寄るでない、家畜娘――


 ここが抜け道じゃよ。水妖でも妾しか知らんじゃろうな――


 この場所が気に入ったのならいつでもくるがよい――


 すまんな、許せよ――


 義経ぇぇぇぇ――


 義経ぇぇ――


 義経――


「義経っ」

「お、驚かすなよマシン子」


「義経が起きないからでしょ」


 どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。


「余程、疲れておったのじゃな」

「さあ、交代よ」

「あ、ああ。悪かったなマシン子」


 俺達は湖の脇で野営し、交代で仮眠を取っていた。


「メグさん」

「何じゃ?」


「昼間はありがとう。もっと気を張っておくべきだったよ」


 ――あの時、メグさんの突き出した槍は俺の上着を掠め、背後から今まさに襲いかからんとしていた魔物の胸を貫いた。


『許せよ、狩り以外での殺生は好まんのじゃが。近付いた我が身を呪うがよい』


 そういって引き抜いた穂先に付着した緑色の体液。

 それがポタリ、ポタリと水面に落ちて波紋をつくった。


 俺は胸に穴を穿たれた魔物が亡骸へと変わるのを、見つめることしかできなかった――


「さもありなん。妾と別れてからは充分に気をつけるのじゃぞ」


「えっ、一緒に来てくれるんじゃないのか?」

「妾には妾の世界があるでのう。この洞窟を出たらお別れじゃ」


「メグさん……」

「そんな顔をするでないわ。印をやったじゃろう? いつでも会いに来るがよい」


 善意だけで俺達を助け続けてくれたメグさん。

 彼女には彼女の生活があり、いつまでも行動を拘束して良いはずがない。

 それは解っているが、彼女がずっと傍にいてくれれば良いなと思っていた。


 メグさんには返せないくらいの恩があるし、その存在価値は測りしれない。

 いつかこの恩を返すことができるだろうか。


「義経は異界人だといっておったの。ここへは何をしにきたのじゃ?」

「俺は石を拾いにきたんだ。石の採集が俺の仕事だからな」


「わざわざ石を拾いにかえ? 酔狂なことよ」

「ハハハ、俺もそう思うぜ。でも俺は石に価値を見いだしてしまったんだ。だから石と関わりながら生活したいと思っている」


 それは嘘偽りのない本音だ。

 世界にはまだまだ俺のしらない石がたくさんある。

 アグニタイトや蛍石だけじゃなくて、もっと色々な石を見つけたい。

 もっと俺の世界を広げたい。


 自然石と呼ばれるものだったり鉱石と呼ばれるものだったり、ただの石と呼ばれるものだったり。呼び名は様々だが、その中で俺が価値を認めた石を採集してマシン子に売る。


 そうやって回る生活はきっと張りがあるに違いない。


「見聞を広めるのは良いことじゃ。いずれ『ゴロウ』のように名が轟く日もこよう」

「ゴロウ?」


「しらぬのか? 石の声を聞き、石と心を通わせるといわれておる鉱石採集家のゴロウじゃ。彼奴は人間じゃがその通り名は広く妾達の領域にも届いておるぞ?」


「その人の通り名って?」

「ロック・レンジャー。それが彼奴の通り名よ」


 石と心を通わせ、石と語らう鉱石採集家。

 ロック・レンジャー。

 

 ゴロウさんか。是非いつか会ってみたいものだ。

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