2章13話 蛍石

 水中に手を入れたマシン子は、その手をゆっくりとかき回したり掬った水を鼻に近づけ匂いを嗅いだりしている。


「湖全体が温泉になっているのね」


 意識が戻った彼女に湖から立ち昇る光の正体を尋ねたところ、少し調べさせて欲しいといわれたので俺は静かに行動を見守っている。大体の検討は付いているのようだが、確信に至る判断材料を探したいらしい。


 浅瀬に手を入れ水底を探る姿はいつもの戯けたもではなく、職人のそれになっている。


「これは……、蛍石だわ」

「蛍石?」


 水底から手を引き上げたマシン子は、掌に乗せたたくさんの鉱石をこちらに差し出して見せた。


「歯磨き粉でお馴染み、フッ素の元となるフッ化カルシウムを主成分とした鉱石で紫外線を照射したり加熱すると光を発するの」

「便利な石だな。日本にもあるのかな」


「たくさんあるわ。日本では岐阜県や栃木県が有名な採取場ね」

「初めて見たから、てっきり異世界の特産かと思ったぜ」


「アハハ、地球にはまだまだ義経の知らない鉱石が山ほどあるってことよ。それに加えて、異世界だけの特産鉱石も存在するわ。どう? ワクワクしてきた?」

「いいや。もう通り越してドキドキしてる」


 世界にはまだまだ俺のしらない鉱石がある。

 そんなことは解っていたが、改めて聞くと心が騒ぐ。


「で、光の正体はその蛍石なのか」

「そうよ。でもちょっと尋常じゃない量の蛍石によって生み出されているわね」


「どういうことだ?」

「蛍石はね、加熱すると発光するのだけど、その光は長くは続かないのよ」


 そういって掌に乗せた蛍石の欠片を俺に渡してきた。


「外に出てこれを太陽の紫外線に当ててみて」


 俺はいわれた通り、割れ目から外に出て蛍石の欠片を太陽の光にかざす。

 キラキラした綺麗な鉱石だ。

 でもそれは光を反射しているだけで、発光している光りかたではない。


 俺は洞窟に戻り、蛍石の欠片をマシン子に返した。


「どう? 発光してなかったでしょ?」

「ああ、光を反射してただけだな」


「この蛍石は熱水と一緒に地下から吹き出されていると思うの。多分、この辺りは地表近くにマグマ溜まりがあるのね」

「湖全体が温泉だしな」


「ええ。尋常じゃない量の蛍石がこの湖の地下にあって、それが発光しながら絶えず吹き出しているのよ。そして発光し終わった蛍石は砕け散り、ただの蛍石となって水際付近まで流される」

「何だかロマンのある話だな」


「そうね。でもこの欠片達は成分的な変化こそないけれど、蛍石としては死んでいるようなものね」

「成分は変わらないのに死んでるのか」


「その通りよ」

「そうか。蛍石は死んじゃったのか」


「ええ」

「蛍、石、は死んじゃったんだな」


「そうね」

「……」


「どうかした?」

「いわないのかよ! 蛍と死から連想できる物なんて一つしかないだろ! スレスレを攻めてこいよ!」


「アハハ、いつも望んだ結果が手に入るとは限らないのよ」


 それもそうだ。

 マシン子は俺と近い価値観を持ってはいるが、全く同じということではない。

 小学生の頃に犯した失敗を、また繰り返すところだった。


 しかしエネルギーを使い果たして砕け散ったのに、成分的には変わらない物があるなんて。鉱石というのは本当に奥が深い。

 

 はしゃぐ俺達を横目に、メグさんは興味なさ気な顔をしている。

 彼女にとっては驚くほどのことではないのかもしれない。

 でも俺にとっては新鮮で、しらなかった世界を知れた喜びが湧き上がってくる。


 外から見ればただの断崖絶壁だったが、中に入れば巨大な繭のような空間が広がっている。そこには幻想的な光景があり、その光景を作り出す要がこの蛍石。


 巨大空間を照らし続ける量の蛍石が、絶えず地中から吹き出しているのだと聞いて驚くなというほうが無理だ。


 この幻想的な奇跡の空間と、そこに案内してくれた水妖族のメグさん。

 俺は今、改めて異世界へきたことを実感し、その事実に大きな価値を見いだし始めていた。

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