2章12話 繭の中

「岩肌が尖っておるので気を付けるのじゃぞ」


 スルッと身を滑り込ませたメグさんに続き、俺も岩の割れ目に入って行く。

 ゆっくりと壁面を確認し、尖っている箇所ではさらにゆっくり慎重に進む。


 やがて二十歩も横歩きを続けると狭かった隙間が嘘のように途切れ、広大な空間に抜けた。入り口からは想像もできない程に広々としていて、まるで山の中をくり抜いて作った繭のようだ。


 終りなく続いている感じの空間は何故だかほんのりと明るく、おおよその内部構造が見て取れた。


 テレビの秘境探検番組で見たような地底湖が奥へと伸び、その両端は岩肌が剥き出しになった硬い地面になっている。天井からは何本もの細くて白い鍾乳石が垂れ下がり、それが湖面にまで達しているので、キラキラ輝く天然の檻みたいに見える。


 それだけでも美しいのだが、輪をかけて幻想的なのは湖面からの光だ。


 熱泉が湧いているのか、コポコポと音をたてて湖面を揺らしている箇所から幾筋もの光が立ち昇り、それが天井の岩肌や鍾乳石に鈍く反射して空間全体をやんわりと照らし出している。


 完成された神による芸術作品がそこにあった。


「メグさん、この光は何?」

「湖底の鉱石が光っておるとしか解らぬ」


 鉱石だって!?

 そういうことならマシン子が詳しいはずだ。


「マシン子! って、あれ?」


 てっきり着いてきていると思っていたマシン子の姿はどこにもなく、こちらから割れ目を覗くと、入口の前で困り顔をしている彼女が見えた。


「何してるんだ、早くこいよ」

「駄目みたい……」


「何が駄目なんだよ。ほらきてみろよ、凄く綺麗な空間があるぞ」

「私も行きたいけど……、つっかえるのよ!」


 皆までいわずともそれで大体の事情を察することができた。

 要するにお互いの出っ張りが干渉し合って滑り込めないのだろう。


 やはりマシン子には無理だったか。

 割れ目は上に行くほど細くなっていて、俺でも通るのがギリギリだったからな。

 

「なんじゃ、通れぬのか?」


 メグさんはスルッと割れ目に身を滑らせ、マシン子の方へと進む。

 俺もメグさんの後を追ってマシン子の元へと戻った。


「ふむ、その脂肪が邪魔をしておるのか。肥え太った肉体は哀れじゃのう」

「太ってなんかないわよ!」


 二つで四キロ以上はありそうだが、太っているのとはわけが違う。

 だってあの中に詰まっているのは脂肪しぼうじゃなくて希望きぼうだ。


「黙るがよい、セイッ!」


 バシッ! びたん!


「はうっ」


 それは一瞬の出来事だった。


 すくい上げるように放たれたメグさんの掌底がマシン子の胸にヒット。

 ニュートンの運動方程式に従って持ち上がった胸は、そのまま彼女の顔面に直撃。

 強い衝撃を受けたマシン子は堪らずその場に崩折れ……失神!


「フン! 他愛もない」


 ど、どっちも凄ぇ……。


 躊躇いなく胸に掌底を叩き込んだメグさんも凄いが、自分の胸で自爆するマシン子も凄い。女の世界はこんなにも恐ろしいものだったのか。


 メグさんは倒れたマシン子の足を引っ張りながら、もと来た割れ目へと戻って行く。なるほど、地面に近い空間なら何とかマシン子でも通れる幅だ。


 常識に捕らわれていては見えるものも見えなくなる。

 その証拠に引き摺られたマシン子の身体は、難なく岩の割れ目を抜けたのだから。


 さすがはメグさん。

 でも次の機会があれば失神させない方向でお願いしたい。

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