2章11話 国喰い

 現在俺達がいるのは日本地図に置き換えると、杉並区の美山自然林辺り。


 ハイキングを楽しむ人々が気楽に訪れるくらい自然豊かな美しい場所らしいが、異世界でのこの場所は多くの巨木が密集して形成された広大な森だ。


 森は山へと続いていて、その山がまた見るからに険しそうな気配。

 地殻変動で隆起したと思われる垂直に切り立った山、テーブルマウンテン。


 東西に長く連なる断崖絶壁の風景は、何かの本で見たベネズエラのギアナ高地を彷彿とさせ、踏み入ろうという気持ちを失せさせる。


 山沿いには川が流れ(日本に置き換えると善福寺川かな)、この川に沿って大きく迂回しながら進むのが日元方面へ行く普通の方法なのだろう。


 メグさんに案内を頼んだ翌日、俺達はゆっくりと川沿いの森を進んでいた。

 進むにつれ川の水面から湯気が立ち昇っている箇所が多く見られるのは温泉か何かが湧いているのだろうか。


「普通は日元へ行くのに川沿いを進むんだよな」

「いいえ、他種族の領域には足を踏み入れないのが普通よ。だから空の便を使うの」


「でも麒麟の鳥居があるのは他種族の領域だろ?」

「それも違うわね。あの辺りは『腐敗の砂漠』と呼ばれていて、どの種族の領地でもないの。かつて海から上陸してきた巨大海洋生物が息絶えた場所だといわれているわ」

国喰くにくいのことじゃな」


「そんなに巨大な生物がいるのか。東京ドーム何個分?」

「何でも東京ドームに例えると解り易いと思ったら大間違いよ。一万四千個分」


「ごめん、余計に解らなくなった。別の物に例えてくれ」

「琵琶湖と同じくらいの大きさね」

「国喰いの身体は大部分が海中にあったと聞く。身体全てが上陸していたらと思うと、ゾッとしてしまうわい」


 解り易くはなったが、琵琶湖と同じ大きさの生物なんて想像できない。

 この世界が地球と似ているのは本当に大陸の形だけなんだな。


「でもその国喰いは死んだんだろ? どこかの種族が所有権を主張しても良さそうだけどな」

「そうならない理由があるのよ。国喰いの死骸撤去に要した時間は文献によると千年。その間、朽ちて行く国喰いの身体からは絶えず瘴気が出ていたらしくてね。下敷きになった土地は何もない不毛の大地になってしまったの」


 死骸撤去に千年!

 俺の頭では理解できない歳月だ。


 サグラダ・ファミリアの完成まで百五十年というのが、ギリギリ理解できる範疇なのに千年かかる死骸撤去って、とてつもないな。


「瘴気は何千年も前になくなったのだけれど、それでも人間以外の種族は今でも近づくのを禁忌としているようね」

「うむ。妾達もあそこには近づきたくないのじゃ。瘴気が収まって尚、草木の一本も生えぬのは呪いだと思うておる」


 普通に呪いの類が信じられているのか。

 現代日本で育った俺にはちょっと理解できない感覚だな。


「あの辺りには、かつて栄華を極めた古代機人族の国があってね。彼らのテクノロジーは空間に干渉して亀裂を生み出す程だったらしいの。人間はその伝承に基いて腐敗の砂漠を調査し、秘術によって異界と繋がるのに最も適した場所を見つけたそうよ。それが鳥居周辺」


 オーバーテクノロジーがあると思えば、移動手段が鳥で、今度は秘術ときた。

 何だかこの世界は妙にチグハグな印象を受ける。


「さて、雑談はそこまでじゃ」


 メグさんは川沿いから離れてテーブルマウンテンの方へと歩き出した。


 水から遠く離れても大丈夫なのか。

 どうしてもエラ呼吸だと思ってしまうのは俺の偏見か。


 彼女の先導でしばらく森を歩くと断崖絶壁に突き当たり、どう見てもこれ以上進めそうもない。まさか登るとかいわないよな?


「ここが抜け道じゃ。水妖族でも一部の者しか知らぬ場所じゃ」


 そういってメグさんが指差す場所を見れば、人一人がギリギリ横向きで入れるくらいの裂け目がひっそりと口を開けていた。


 登るよりはマシだが、ずっとカニ歩きで進むのだろうか。

 それより、あの隙間をマシン子は横向きで通れるのか?


 どう考えても、つっかえそうなのだが。

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