2章10話 彼女の聲
「か、家畜娘って……」
目を見開きムンクのポーズ、いや『叫び』のポーズを取るマシン子。
そりゃあ、第一声でそんなこといわれたらショックだよな。
あ、座り込んだ。
あ、膝丸めた。
あ、指で地面に渦巻きを描きだした。
「家畜? 私が? 家畜……」と膝を丸めて座り込み、ブツブツいい始めたマシン子。これは俺も何をいわれるか解らないぞ。気を引き締めて心を強く持たねば。
『家畜の分際で
何か心の声っぽいものが聞こえてきた。
「何か聞こえたぞ」
「私は家畜……ああ、それね……。稀に翻訳機との相性が良すぎて心情も翻訳されちゃう人がいるのよね……ブツブツ」
マシン子はしばらくそっとしておこう。
『乳牛は乳牛らしく飼主に乳を供給しておけば良いのじゃ。それにしても、このような場所に家畜を連れてくるとは。あの青年、出会った時は血だらけじゃったし何か訳ありのようじゃな』
メグさんの中で大きな誤解が生じているようだ。
「え、えーと。いつも魚を運んでくれてありがとう。俺は櫻井義経、良かったら名前を教えてくれないかな?」
『この青年は義経というのか。しかしまっことビックリじゃ。出会って間もない妾を口説きにかかるとは。さては妾の色香に惑わされよったか。争いの元となる己の美貌が嫌で隠居生活を送っておったというに。妾の美しさは
違うから! 口説いてないから!
「妾の名はアケ・ミ。かつては水妖随一の歌姫として広く名をしられたこともあるが、今はただの世捨て人じゃ。先程までのようにメグ=サンと呼びたくば呼ぶがよい」
『癒やしと恵みを与える女神メグ=サン。
長い長い心の回想が終り、遠い目をして中空を見つめているメグさん。
そのあまりにも波乱万丈な人間ドラマに、俺は時を忘れて聞き入ってしまった。
場末の水底酒場でデビューしたことから始まり、食べ物の好みや好きな男性のタイプ、さらには赤面するような恋愛遍歴も心の声で聞かされ、俺はもうメグさんマスターになった気分だ。
「大変だったんだな、メグさん。それはそれとして、聞いて欲しいことがあるんだ」
「大変とな? なんとも面妖なことをいうの。して、何を妾に聞かせたいのじゃ?」
メグさんは心の声が漏れているのを解っていないのか。
「あそこでうずくまっている女性はマシン子って名前なんだけどさ。彼女は俺の家畜じゃなくて仲間なんだ。だからできれば優しく接してあげて欲しい」
『あの牛っぷりで家畜ではないと? てっきり毎朝搾乳する為に連れておると思ったのじゃが。これは妾としたことがとんだ早合点じゃったか』
違うから! 搾乳なんてしないから!
「これ、マシン子とやら。家畜に似た容姿は変えられぬが、心は幾らでも変えられるのじゃぞ。メソメソするのは止めて皆で共に話そうではないか」
元はといえばメグさんのせいなのに、全く悪びれないこの態度。
しかも予想外のベクトルで励ましてる。
「家畜、じゃない? 私、家畜じゃないのね?」
「当たり前だろ、そんな訳ないじゃないか!」
「そうじゃ。心だけでも人であらんと振る舞うのじゃ」
メグさん、もう許してあげて。
何とか立ち直ったマシン子を交え、俺達はお互いのことを色々と話した。
メグさんが俺に魚を届けてくれたのは水妖の気質みたいなものらしく、弱っている者を助けるのは彼女達にとって当然らしい。
それと余談だが水妖族の男性は上半身が人間、下半身は魚なのだそうな。
何やってんだよ異世界! ビジュアル的に男女逆だろ!
「ほほう。そなたらは日元教国へ向かっておったのか」
「ええ。大体の方角しか解らないけれど、歩いていればいつかは辿り着けると思うわ」
「俺がお荷物状態じゃなければもっと早く着けるのに。悪いなマシン子」
『なんと健気な。
「え、本当か!」
「助かるわ、メグさん!」
「な、なんじゃ急に。一体何が助かるというのじゃ?」
しまった。
メグさんは自分の考えがダダ漏れてることをしらないのだった。
「何となくメグさんが助けてくれるような気がしてさ。な、マシン子?」
「え、ええ! その通りよメグさん」
「まあ良い。ここから日元教国まで陸路を行くと健脚でも四日はかかる。しかし妾しか知らぬ抜け道を通れば二日で着けるが、どうじゃ。案内してやっても良いぞ?」
「俺達は一日も早く日元教国へ辿り着きたい。メグさん、お願いしても良いか?」
「妾の領域で倒れていたのも何かの縁。任せておくがよい」
見た目は怖いが心はとても優しいメグさん。
彼女とここで出会えた幸運を、俺は心から感謝した。
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