2章3話 フライトモード

 身体を槍のように伸ばし、猛スピードで落下してきたマシン子の右手が俺に――

 届いた!


「義経、呆けていないで私に掴まって!」

「マシン子、何してんだよ! 道連れとか寝覚めが悪いわ!」


「大丈夫よ、道連れだとしたらもう目覚めないから」

「それもそうか」


 なんだろうな。コイツと一緒にいると良い意味でペースを壊される。

 先程まで感じていた恐怖が、彼女の声を聞くと吹き飛んでしまう。


「お前が背負ってるのって、もしかしてパラシュート?」

「え? そんな物用意してないけど」


 期待はしてなかったけどな!

 そうなんだ、コイツはそんな感じの奴なんだ。


 いつも飄々ひょうひょうとしていて何を考えているのか解らないが、いざとなったらもっと解らない行動に出るんだ。

 最初に声をかけられた時も、ファミレスで誘われた時もそうだった。


「下に見えるの、森だよな? 樹木の先端が尖ってるように見えるのは俺だけか?」

「アハハ、そう見えるだけで実際には尖っていないわ。円錐形になるのは成長する樹木の特徴だけど、今詳しく聞きたい?」


「また次回があればお願いする」

「心得たわ」


 グングン近づいてくるこずえを見やり、やはり尖ってるなと思う俺。

 これは絶対、痛い死にかただよな……。


 しかし俺もバカだが、死ぬしかない状況に自ら飛び込んでくるなんて。

 マシン子は本当にどうかしてる。


 俺を連れてきた責任でも感じてるのか。

 もしそうだとしたら考え違いだ。

 俺は俺の意思で、俺の価値観に従ってお前に着いてきただけなんだからな。


「……ったく。どうして飛び降りてきたんだよ」

「だって私、義経の事……」


 密着した状態でそんな台詞をいわれたら、幾ら俺でも我慢ができない。

 どうせ死ぬんだ。最後に思いの丈を……。


「マシン子……」

「義経は私の……」


 マシン子は胸の辺りで風になびいていた紐状の何かを力強く引き抜いた。


「大事なパートナーだからね! 首に手を回してガッチリホールドしててよ!」

「えっ!」


「いわれた通りにする! さあ早く!」

「おうよ!」


 俺はマシン子の首にチョークスリーパーの要領で両腕を回し、雷が落ちても離すまいと力を込める。


 その瞬間、マシン子の背中からブワッと大きな黒い羽が飛び出し、さらに加速して地面へと近づいた。


「悪魔か! いや、お前は鳥人間だったのか!」

「バレたか~、なんてね。ハングライダーよ、携帯式の」


「携帯式?」

「異世界だからって地球より遅れてるなんて思わないでよね。幾つかの分野では、むしろ進んでるのよ」


 無駄話をしている場合じゃないのに無駄話をしかけてしまった。

 律儀に答えてくれるのは良いが、もう地面! もう激突!


「コアラみたいにギュッと抱きついてて。そうれっ!」


 地面ギリギリの地点で垂直に落下していた俺達の身体が水平方向へと移動。明らかに背中のリュックが地面に擦れながら破損している音がして、その破損が生み出す摩擦と張力が肩にのしかかる。


 両肩が千切れそうな感覚に耐えながらマシン子にしがみつく俺。

 リュックの残骸を撒き散らかしながら滑っていたハングライダーは徐々に浮き上がり、やがて森の樹木を少し越える高度を確保した。


「私って優秀な風使いだと思わない?」

「だからスレスレのネタはやめろって!」


 そうはいったが、とっさの判断力と胆力は男の俺から見ても大したものだ。彼女の神業的なハングライダー捌きがなければ今頃確実に死んでいた。


「一応、助かったのか?」

「どうかしら。ハングライダーは風をきって進む道具よ。パラシュートみたいに落下速度を調節してくれる機能はないわ」


「それってどういうことだ?」

「ペシャンコになるのは避けられたけど、このままだと徐々に高度が落ちて地面に激突ね。……ごめん義経、私ができるのはここまでみたい」


 マシン子のいった通り、ハングライダーの高度は徐々に下がって行く。

 落下のスピードは殺したものの、それでもまだかなりのスピードが出ている。

 このまま墜落すればペシャンコにはならないだろうが多分死ぬだろう。


 どのみち死ぬのか?

 生きる希望が蘇った人間は、そう簡単には諦めないんだ。

 生きてやる、生き足掻いてやる!


「マシン子、機体を木にぶつける感じで突っ込め!」

「そんな……いえ、良いアイデアだわ。さすが義経ね! 打撲と擦傷と骨折くらいはお互い覚悟しようね!」


「なあ、この世界でも国民健康保険は使えるよな?」

「アハハ、使えたら良いわね」


 そういうとマシン子は落下コースを巧みに操り、巨大な樹木が生えている方へと舵を切った。


 迫ってくる巨大な樹木を目視できたのも束の間、音なのか悲鳴なのか解らない絶叫に襲いかかられ、遅れてきた痛みに身体が耐えきれなくなった俺はそこで意識を手放した。

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