2章2話 ワカメを捨てろ
どんなことも上手く行くなんて限らない。
俺も一応大人だから、その辺は解っているつもりだ。
だけど、だけどさ?
右も左も解らない異世界の、それも上空でっていうのはさすがに勘弁して欲しい。
「空の旅は安全じゃなかったのかよ」
「アハハ……、空には空の危険もあったわね」
「いやいや、どう考えてもお前のせいだろ! 何で残りのワカメを置いてこなかったんだよっ」
「仕方ないでしょ! 余ったんだから後で食べようと思うのは人の
「そんな性、忘れちまえ! って、食べるのかよ!」
「もちろん、生じゃ食べないわ? これでもワカメ料理のレパートリーは多いのよ」
「お前の料理自慢なんて今は聞きたくねえよっ!」
「う~ん残念。誤魔化されなかったか」
俺達が乗っているズルムケガラス、仮にズルムケ壱号と呼称しよう。そのズルムケ壱号の周囲に数羽、別のズルムケガラスが集まっているこの状況。
それだけならまだしも、集まってきた奴らは仲良く並んで飛ぶどころかズルムケ壱号に攻撃を加えてきたのだ。
正確には俺達、もっといえばマシン子の乗っている近くを
ズルムケガラスは五十キロ離れたワカメの匂いも嗅ぎ分ける、いわばワカメのスペシャリスト。どう考えても狙いはワカメ。
なのに何故そのワカメを後生大事に持ってるんだ、お前はっ!
「キャッ!」
「うおっ、怖っ!」
ロック鳥並の巨大なクチバシが俺とマシン子の体をかすめ、それでなくとも不安定な搭乗姿勢がさらに不安定になってしまう。
ズルムケ壱号もその度に軽い傷を負い、こりゃ堪らんと急降下したりキリモミしたりして他のズルムケガラスから遠ざかる。それがまた空に慣れていない俺の五臓六腑に負荷をかけてリバース寸前の大ピンチ。
「マシン子、ワカメだ。ワカメを捨てろ!」
「えっ? そうね、そうすべきね。命には変えられないわよね」
マシン子はビニール袋をグルグル振り回し、スリングの要領でワカメを解き放つ。良いぞマシン子、やればできるじゃないかと思ったのも束の間。解き放たれた袋は俺の顔面に命中。袋の軌道を追っていた一匹のズルムケガラスがすかさず俺に向かってくる。命の危険を感じた俺はその場から飛び降りて何とか危険を回避した。
当然、足場も何もない上空に放り出された格好になったわけで。
「参ったな。危険を回避して新たな危険に飛び込んでしまった」
「何を達観してるのよ! もっと慌てなさいよ」
叫ぶマシン子の声が徐々に遠ざかって行く。
だってこの状況、どう足掻こうと助かるビジョンが浮かばない。
死ぬ前はもっと慌てるものだと思っていたが、俺に関していえば逆に悟りを開くタイプだったようだ。これも酔拳・蛇拳・笑拳と積み重ねてきた修業(拳法部でのじゃれ合い)の
心残りなのは俺の成功を信じて送り出してくれた両親のことだ。
父さん、母さん、ごめん。
俺、二人のいる世界で死ぬこともできなかったよ。
「義経ぇぇぇぇぇぇ!」
地面にぶつかる瞬間だけは見ないでおこうと目を閉じた俺の耳に、マシン子の声が近づいてきた。
驚いて目を開けると、右手をこちらに伸ばしながら物凄い形相でこちらへ落下してくる彼女の姿。口なんて風圧でブワッと広がって美人が台無しだ。
全く。お前まで飛び降りる必要がどこにあるんだよ!
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