2章 異世界編
2章1話 ようこそ異世界へ
雲は流れ、肌に感じる風の冷たさが俺の心を熱くする。
眼下には歪な植物で形成された森や遺跡のような物が点在していて、見たこともない巨大な黒鳥に乗っていると実感するにあたり、ここが異世界なんだと確信させられる。
マシン子のいったことは妄言じゃなかった。
彼女は電波でも中二病でもなく、ただ真実だけを俺に伝えていたのだ。
「それにしても風が強いな。防風機能とかないのかよ」
「野生の鳥に何を期待してるのよ。そんなファンタスティックな機能なんてないに決まってるじゃない」
こうやって空を飛んでいることが、すでにファンタスティックなんだけどな。
上空で防風機能もなく国鳥の背に掴まっているので、風の冷たさが尋常じゃない。
確かにこの移動方法なら一直線に目的地へと向かえるし、地上の危険は全て回避できる。でも寒さに震えが止まらず、ともすれば国鳥の背中から手が離れそうになるので墜落死する危険がある。
『この世界では普通のことよ』と、彼女がいったのを真に受けて『それなら郷に従うまでだな』と返したあの時の俺。何をカッコつけちゃったんだろうかと、今更ながら後悔の念が押し寄せている。こんなことなら、あの時マシン子に違う選択肢を尋ねておくべきだった――。
瞼を開け、最初に飛び込んできた景色は砂漠。
もっともそれを砂漠だと認識できるまで少しの時間を要した。
だって今の今まで東京の、それも神社の中庭にいたんだぜ?
それがどうしていきなり砂漠の真ん中にいるんだ?
手を添わせていた黄色い鳥居は、先程までと変わらぬ異様さを放っている。
でも周囲の景色が変わり、都会の音も聞こえなくなり、更には空気の匂いまで変わっている。
「俺は狐につままれたのか? 神社だけに」
「最初だし驚くのも無理ないわね。冗談をいえる気力があるだけ大したものよ」
「その上から目線がムカつくけどな。ここは一体、どうしてこんな場所に……」
「信じられないだけで、もう解ってるくせに。じゃあ、こういうのはどう?」
「どういうの?」
「ようこそ異世界『テルース』へ。
マシン子は俺の前に立ち、ゆっくりと両手を広げながら満面の笑みを浮かべる。逆光を浴びた彼女の姿はまるで女神のようだ。
その時、俺の心と頭の感覚がピッタリ嵌った。
「異世界が本当にあるなんて思わなかったが、この景色を見たら信じるしかなさそうだ。疑って悪かったなマシン子」
「え、疑ってたの?」
キョトンぷるんと首と胸をかしげ、あざとい感じで右手の人差指を口元に持って行くマシン子。もちろん、口は『お』の発音時みたく少し開き気味だ。
絶対狙ってるだろ。
「それはそうとこのテルースだったか? は、どんな世界なんだ?」
「そうね、詳しい説明をしていなかったわね。でもその前にやることをやりましょ」
「やる事?」
「そう、ワカメよ!」
マシン子はビニール袋からワカメを取り出し、ブンブン振り回し始めた。
海中に生えているような、長くて大きな生ワカメだ。
それを振り回して彼女は何をしているのか。
興味を持った俺は、茶々を入れずにその行動を無言で見守った。
カアー カアー……
遠くでカラスの鳴き声がする。こんな砂漠にも鳥はいるんだな。
――と思っていたら、そのカラスがぐんぐん近づいてきた。
最初は小さな点だったそれは近づくにつれ体積を増し、正確な大きさが解る頃になると急降下して砂塵を巻き上げながら俺達の前に着陸。
デカい。伝説に聞くロック鳥並のデカさだ。
真っ黒な羽色が太陽の光を吸収して鈍く光っている。
「なんだコイツは! マシン子、木刀をっ!」
「安心して義経。これは乗り物よ」
「乗り物だって? このロック鳥モドキがか?」
「ロック鳥じゃないわ。ズルムケガラスよ」
「ズルムケ……」
「そう、ズルムケガラス。生ワカメに目がなくて、五十キロ離れたワカメの匂いも感知するといわれているわ。知能も高いからワカメをあげてお願いすると背中に乗せてくれるのよ」
この世界の人はなんてネーミングセンスをしているんだ。
確かにこの巨大な鳥は、全身漆黒の体毛という禍々しい姿に似つかわしくない感じで頭頂部がズルムケていて、そこだけコケティッシュだ。
でもよく見るとそこはコブ状突起になっていて、ズルムケというよりツノ的な何かだと俺は思うんだ。だからコブガラスとか、そっち方面で名前をつけてやれば良かったのに。
コイツだって自分がズルムケと呼ばれているなんて知ったら、精神的ショックで羽毛が抜け落ちると思う。いやもう抜け落ちてるのか。
「よーしよしよし、いい子ですね~、可愛いですね~。沢山食べていいのよ~」
「そのスレスレのネタはやめろ。で、本当にコイツに乗るつもりなのか」
「ええ、これがこの世界での常識よ。あれ? もしかして怖くなった?」
「まさか! 俺は百のサモハンを倒した男だぜ。郷に入れば郷に従うまでだ」
「じゃあ、早速乗せてもらいましょ。この子に乗れば地上の危険は全て回避できるわ」
ジャッキー関係のネタはまだ駄目か。
「ああ良いね。ワクワクするぜ」
こうしてワカメを食べ終えたズルムケガラスの背中によじ登り、俺達は大空へと舞い上がった。
「しっかり掴まっててね義経。日元へ向けて出発よ!」
カアーッ
そんな過程を経て俺達は今、寒さに震えながらも空の旅をしているというわけだ。
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