1章15話 麒麟の鳥居
♬ 鳥居を周ると景色が変わる
ゆっくり一回右回り 続いて三回逆回り
最後に目を閉じ深呼吸 瞼を開けると景色が変わる ♬
「どこの歌?」
「私の産まれた地域に伝わる民謡よ」
気分が良いのか、歩きながら唄を口ずさむマシン子。
会話がないのも不自然なので歌のことを聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。
思えばマシン子のことは、アクセサリー職人で山奥まで素材を探しにくる行動派で人懐っこい性格だというくらいしかしらない。
それだけしっていれば充分だと思う反面、もっとしりたくもある矛盾した気持ち。
彼女の出身地って何県なんだ?
彼女は今までどんな生活を送ってきたんだ?
彼女はその名前で本当に友達なんているのか?
「到着したわよ」
神社らしき大きな建物の前で彼女は立ち止まった。
「ここは?」
「雉巫女神社。ここに異世界への門があるの」
都会の真ん中に神社。
周囲はビル街で地価も高そうな場所に、物凄く広大な面積を持つ神社が建っている。何か由来のある国宝級神社なら話も解るが、雉巫女神社なんて聞いたこともない。
周囲の風景に溶け込まず、古くからここに建っている風な佇まい。
建築様式や格調の高さとなる基準には疎いが、それでも何かただならぬ雰囲気が醸し出されているのは解る。
解るからこそ不思議でならない。
なぜこんな場所に無名の神社があるんだ?
「さあ、行きましょ」
そういってマシン子は、さっさと神社の石段を登りはじめた。
職人という肩書。
山奥に一人でくる胆力。
ビルの賃貸契約を大家さん抜きで進めてしまえる権限。
異世界へ行くといいながらワカメを持ってくる理不尽さ。
そして今。
どう見ても何かありそうな神社の石段を、何事もないように登るこの女性は一体何者なんだ?
「なあマシン子、お前一体何者なの?」
頭に回り出した疑問は素直にぶつけるに限る。
「私は菊川真真子。何者っていわれてもね。ただのエンジニアよ」
「エンジニアは違うだろ」
以前、同じような会話をどこかでしたような記憶がある。
その時は俺が答える側だったが。
「アハハ。エンジニアって響き、好きなのよね。あ、
「早かったのう、真真子。連絡をもらっておったから中庭の鍵は開けておるよ。おや、お連れさんとは珍しいのぅ」
「彼は櫻井義経くん。私と一緒に仕事をすることになったパートナーよ」
「ども、櫻井です」
「ほうほう。真真子がのぅ……。いや、気にせんでよろし。少し跳ねっ返りじゃが仲良くしてやっておくれ」
「何いってるのよ。こんなに清楚で慎ましやかな跳ねっ返りなんて聞いたことがないわ。行きましょ、義経」
ぷるん。
お前の自己評価は間違ってるぞ。
両手の拳を握りしめ、肩を揺らしながら反論している際にも揺れ止まない慎ましやかさなんてある訳ないだろ。見事に跳ね返ってるじゃないか。
俺は禰宜さんと呼ばれた優しげで頭髪の薄い人に、軽く頭を下げてからマシン子の後を追う。禰宜とは確か神主の下の役職だったはず。ならば神主さんは別にいるってことか。
拝殿(礼拝用の建物)を迂回して小石の敷き詰められた側道を進むと、関係者以外立入禁止と書かれた扉があった。その扉を無造作に開けてマシン子は進んで行く。どう見ても神社関係者には見えないが、本当に彼女は何者なんだろう。
扉を抜けると中庭らしき場所にでた。
拝殿の裏手になり、本殿(御神体を収めている建物)との間に設けられた空間だ。
その本来何の役目も担わないはずの空間が思いのほか広い。
まるでこの場所こそが、この神社の中枢であるかのように思えてしまう。
中庭一面に敷き詰められた白い小石は海の渦みたいな模様に整えられている。
大きな岩があれば枯山水なのだろうけど、ここには岩なんて一つも見当たらない。
その代わり中心には黄色い鳥居が一つ。
赤ではなくて黄色い鳥居なんて初めて見た。
鳥居は東西南北で色を塗り変える神社もあるらしいが、それは赤・青・白・黒の四色だったはずだ。黄色って一体何を意味するんだ?
「ねえ義経」
「ん?」
「私はこれからも貴方と仕事がしたいと思ってるの」
「なんだよ改まって」
「だから、今からいく場所で何をしっても私の――ううん、やめとく」
「途中でやめるなよ、気になるだろ。そういうシステムかよっ」
「システムって、アハハ。そういう発想、お姉さん嫌いじゃないゾ」
「チッ、一歳しか違わないだろ」
「着いたわよ。ここが異世界への門『麒麟の鳥居』。私がさっき歌ってた民謡、覚えてる?」
「さすがにうろ覚えだ」
「なら教えるわ。その歌と同じように行動して頂戴」
「おう、解ったぜ」
俺は鳥居に手を添わし、マシン子の歌に合わせて鳥居を周る。
♬ 鳥居を周ると景色が変わる
ゆっくり一回右回り 続いて三回逆回り
最後に目を閉じ深呼吸 ♬
瞼を開けると景色が―― 変わっていた。
~ 一章 了 ~
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