1章14話 ワカメよ

 このーきなんのき 

 きになる東京、夢の東京、俺の気分はもう桃郷とうきょう! ウェーイ。


 両親に祝われ実家から送り出された俺は、人生初の一人暮らしをスタートさせた。マシン子の伝手でビルの一室を貸してもらい、引越し業者に荷物を運び入れてもらったのが昨日。徹夜で荷物を整理していたので寝不足気味だが、それは都会人となった俺には些細な問題。


 今日から俺は、「東京に根を張って生きて行く!」


「異世界に行くのよ? 東京でまったりしないでね」


 心の声が漏れていたようだ。


 マシン子は朝早くから俺の部屋にきて片付けを手伝ってくれている。

 早く片づけて早く異世界に連れて行くんだと張り切っていて、実際問題、彼女のおかげでほぼ荷物は片づいた。


「その異世界なんだけどな、マシン子的な異世界ってどんなところなんだ?」

「私的な異世界も何も、異世界といえば『日元にっがん』のことよ」


「日元って会社の名前か?」

「異世界にある国の名前よ。向こうはこの世界と大陸の形や位置も同じだけど、向こうには向こう独自の国や習慣や生態系があるわ」


「パラレルワールドみたいなものか?」

「星の造りが同じなだけで、この世界も異世界も独立した別々の世界よ。それと信じられないと思うけど、この世界の人間はもともと向こうの世界からきたのよ。いわば異世界人が地球人の祖先ね」


 マシン子のことが物凄く不憫に思えてきた。

 美人で明るい女性なだけに惜しまれる。

 そんな詳細設定まであるとなると、もはや俺の力では戻してやれる自信がない。


「いやいや、この世界で人間の先祖といえば猿人とか原人じゃないか。それくらい小学生でも知ってるぜ」

「ムキになるところが可愛いわね。じゃあ聞くけど、猿人や原人から現代人に至るまでの中間的な骨や化石が発見されていないのは何故かしら? 科学も調査も進んでいるこの時代に、なぜそれだけが発見されていないのかしら?」


「ううっ、偶然……じゃないかな」

「アハハ。苦しそうだからもう許してあげる。私も授業みたいなことがいいたいわけじゃないしね」


「助かる。俺も社会の授業は苦手だしな」

「じゃあ何の授業なら得意なの?」


「酔拳や笑拳の授業とかなら自信がある」

「じゃあ、そろそろ行きましょうか。用意してくるからビルの前で待っててね」


 ジャッキー関連の話は総スルーか。


 俺はリュックにゴム長靴やゴム手袋を詰め、いつでも採取ができる用意をして部屋を出た。因みに俺の部屋はビルの二階で、広さはマシン子の工房とほぼ同じ。


 トイレは部屋を出てすぐのところに社員トイレっぽいものがあり、そのとなりに社員用シャワー室らしき設備も整っている。


 普通にまだまだ使えそうなビルなのだが、なぜか俺達以外の気配がしない。

 考えたらこのビルも不思議なんだよな。


 マシン子の知りあいが大家だといっていたが結局その人には会ってないし、部屋の鍵を渡してくれたのはマシン子だった。周囲のビルは店舗や会社が入っているのに、このビルだけアクセサリー工房が地階にあるのみ。


 ま、今考えても解らない物は解らないんだけどな。


 ビルの外に出た俺は、大きく深呼吸をして都会の空気を吸い込んだ。

 これからここが俺のホームになるのか。


 田舎者の俺に都会は牙を剥いてくるだろうか。

 都会の常識をしらない俺はどんな洗礼を受けるのだろうか。

 そんなことも含めて、これからここ大都会東京で起こる全てが、「楽しみだ!」


「楽しみにしてくれて私も嬉しいわ。じゃあ楽しい世界へ行きましょうか」

「マシン子かよ。早かったな……って、何それ?」


 マシン子は布の巻かれた長物を二振りと、何かが入ったビニール袋を持っている。長物は形状から刀かそれに準ずる物だと解るがビニール袋は何だ? しかもやけに膨れている。


「私と義経の木刀。一応念の為に持って来たの。それからこっちはワカメ」

「ワカメ?」


「そう、ワカメよ。絶対に必要だから、その時が来たら説明するね」


 その時っていつだよ。

 俺は遺伝的に禿げないタイプだからな。


 ワカメが必要な異世界って、彼女の脳内はどんな設定になってんだよ。

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