1章13話 父の熱い思い

 ブツは帰りの電車に乗る前、ゴミ箱へ捨てた。

 いやそんなのはどうでも良いか。


 二度あることは三度あると聞くので、帰路のどこかで広島に会うんじゃないかと思ったがそんなこともなく、バスのフカフカしたシートを楽しみながら自宅に到着。


 今日は日曜日で時刻は間もなく午後七時。

 さすがに働き者の父さんであっても、日曜のこの時間なら帰っているだろう。

 どうせなら母さんだけじゃなくて、父さんにも話を聞いて欲しいからな。


「ただいまー」

「おかえり、よっちゃん。遅かったわね、デート?」


「ち、違うわ! そんなの興味ないわ!」

「あ~そうよね。よっちゃんは幾つになっても女の子より自分の趣味優先だもんね」


 俺だって異性に興味くらいあるんだ。今に見てろよ、凄い美人と結婚してビックリさせてやるからな。東京は夢が現実になる街なんだ!

(※個人の感想です)


「父さん帰ってる?」

「ええ、いつも通り居間で野球見ながらビール飲んでるわよ」


「実は仕事が決まったんだけど、その事で父さんと母さんに話があるんだ」

「そうなの? おめでとう、よっちゃん! じゃあ居間へ行きましょ」


 居間といっても名前の響きほど大層な場所ではないけれど、我が家で唯一テレビとソファが完備されているくつろぎのスペースだ。


「おう義経、遅かったな。デートか?」

「父さんまで何いってんだよ! 俺が遅かったら我が家ではデート確定なのかよ」


「まあ、親としてはそうあって欲しいと常々願ってる」

「そうよね~。よっちゃんもそろそろ彼女くらい作っても良い歳だもんね~」

「そんなのより男は仕事だろ! それでさ、俺、仕事が決まったんだけど……」


「そうか! てっきり腑抜ふぬけて最後には父さんの手伝いをさせてくれというんじゃないかと思ってたが。そうか、決まったか! おめでとう」

「ありがとう。でさ、その仕事なんだけど、場所が東京なんだ」


「え?」

「都会?」

「うん。だからしばらく一人暮らしをしようと思うんだけど良いかな?」


「と、東京は悪い人がいっぱいいるから、父さん心配だな」

「私も心配よ。よっちゃん、一人だったら洗濯もできないでしょ?」

「いや、さすがにそこまで過保護に育てられた覚えはないが」


「どうしても、やりたい仕事なの?」

「ああ。やる価値のある仕事だと思ってる」

「一体何の仕事なんだ?」


 そういわれたので俺はすかさず一枚の名刺を差し出した。

 名刺には『マシン・オリジナル工房 代表エンジニア 菊川真真子』と書かれている。


 もちろんマシン子からもらった物で『名刺を見せたほうがきっと簡単に話が済むと思うわ』といって渡してくれたのだ。エンジニアの意味は技師だったと思うのでそこを突いてみたら『職人とかデザイナーよりエンジニアの方が素敵な響きじゃない?』と返された。


 確かにそれはそう思うが、限りなく黒に近いグレー。


「マシン・オリジナル工房?」

「そうか……。義経も到頭とうとうこんな夢を思い描く歳になったか」

「え?」


 父さんは名刺を見ながら感慨かんがいふけりだした。

 何が到頭なのかさっぱり解らない。


「父さんも若い頃は夢見たものさ。自分のオリジナル・マシンを組み上げて歴史に名を残すんだ、ってな……。結局、母さんと出会ってお前が産まれたから新しい夢に乗り換えたんだけどな。そうか、義経も知らない間に大人になっていたんだな」


 あれっ、話の方向がズレてるよね?

 しかも何? このしみじみした空気。


「いや父さん。そうじゃなくてこの工房は――」

「義経、夢を追うのが恥ずかしいのは解るが、もっと胸を張って良いんだぞ。お前はまだ若い。何だって出来るし、一つや二つ失敗したって父さん達がフォローしてやる。行って来い義経。お前の熱い思いをこの工房にぶつけてこい!」


「いやだからさ、母さんなら解るよ、ね?」


 横を向くと目尻に涙を溜めた母さんがいた。


「よっちゃん……、後悔しないように貴方の夢をしっかり追いかけなさい。そうと決まれば今日は赤飯ね。ちょっとスーパーまで走ってくるわ」

「おう、特上寿司も注文してくれ。今日は義経の新たな門出だ、盛大に祝おうじゃないか!」

 

 両親があまりにも嬉しそうなので、俺は本当の事を説明するタイミングを失ってしまった。マシン子、やっぱりエンジニアはマズいと思うぞ。

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