1章12話 マシン・オリジナル工房

 東京テレポート駅から大崎方面の下り電車に乗って幾つか駅を越える。


 駅を降りてからオフィス街をまっすぐ早足で歩き、建物の造りが少し古くなってきたなと思った頃、ビルとビルの隙間にマシン子は入って行った。


 もう少しゆっくり歩いてくれれば東京の街並みを見物できたのだが、仕事の説明を聞きにきているのだと思い出して彼女を追いかける俺。


 ビルの隙間を抜けて更にビルの隙間に入り、迷宮右手の法則(右手を壁につけて進むと出口に辿り着ける法則)よろしく右へ右へと曲がった先に、地下へと続く階段が口を開けていた。


 彼女はその前で立ち止まると微笑みながら振り返る。


「この階段の下が私の工房よ」

「ボス戦前に装備の見直しをしなくて大丈夫か?」


「どうやっても勝てないわよ? ここのボスは私だから」

「ならせめて神に祈りを捧げないとな」


 装備を見直したくらいでタウンモードの彼女には勝てない。

 今日も今日とてカジュアルな中にも可愛さが溢れる着こなしで、すれ違う男性の視線を百パーセント釘付けにしていたからな。


 後ろからでも解る揺れをさり気なく視界に収めながら、俺はマシン子に続いて階段を降りた。


「ようこそ義経! ここが私の城『マシン・オリジナル工房』よ」


 階下の扉を開け放ち、演技がかった態度で両手を広げながら俺を迎え入れたマシン子。何だかとても嬉しそうだが、もしかして人を呼んだのは初めてなのだろうか。マシン子ボッチ説が俺の中で急浮上だ。


 ボッチとボットって発音が似てるよな……。

 そろそろマシンから離れろ、俺の思考。


「意外と広いんだな。東京ドームで言うと何個分?」

「何でも東京ドームに例えたら解り易いと思うのは大間違いよ。千九百二十四分の一個分」


「ごめん、さっぱりだ。畳でいうと?」

「十五畳ね。お茶入れてくるわ」


 工房の内部は細々こまごました物がいっぱいで、微かに除光液の匂いがした。入り口以外の壁三面は引き出しつきの棚で覆われ、引き出しごとに『アメジスト』『クォーツ』といった具合に素材の名前が貼られている。


 部屋の中央には大きな作業机が鎮座していて、その上には『工作する時に使いそうな物』として思い浮かべられるありとあらゆる道具が整理されて置かれていた。こういうのを見ると、マシン子って本当に職人なんだなと改めて感心してしまう。


「お待たせ。ウーロン茶で良いわよね」

「お茶に好き嫌いはないぜ」


「アハハ、義経のそういうトコ嫌いじゃないわ」

「俺はエコな男だからな」


「その割には高い買い物してるとかいってなかった?」

「価値のある物に使うのは浪費じゃなくて必要経費だ」


「例えば?」

「ジャッキーの等身大フィギュアとかだな」


「じゃあ早速、仕事の説明をするわね」


 ジャッキーの話はスルーか。


 俺は薦められた椅子に座り彼女の説明を聞こうとしたのだが、座った姿勢の関係でポケットのブツが存在を主張し始め、大事な話の前だというのに精神的によろしくない状態になってしまった。


「まず義経に解って欲しいのは、異世界の存在って御伽噺おとぎばなしじゃないってこと」

「昨日も真剣に話してたしな。そこは信じてる」


 異世界じゃなくてマシン子がそう思ってる何かについてだけどな。


「ありがとう。そしてそこへは何時いつでも行けるんだけど、その前に! はい、契約書」

「契約書?」


「うん、私の工房以外に見つけた鉱石を売らないで欲しいのよね。勿論今まで義経が販売してた金額で買い取るわ。どう?」


 どうといわれてもマシン子の伝手がないと鉱石探しはできないし、俺のオークション価格で買い取ってくれるのなら何の問題もない。寧ろ画像や文章をパソコンから入力する手間も省けて万々歳だ。


 オークションは確かに魅力的な販売方法だが、だからといって後ろめたい商品を売る気にはなれない。どうせなら堂々と商売がしたい。


 鉱石を売る事に拘る必要もないが、そこで出会ったマシン子との縁は鉱石よりオークションより俺には価値がある。だから、答えは決まったようなものだ。


「それで良い。別に大きく商売しようなんて思ってなかったからな」

「そう! 良かった!」


「ていうか、俺なんかで本当に大丈夫なのか?」

「義経が良いのよ。貴方の採取能力は群を抜いているわ。高品質なアグニタイトを簡単に見つけちゃうし。義経となら私、上手くやっていけそうな気がするの」


『俺が』良いだと? 『俺と』やっていけそうだと?

 ――いかんいかん。


 広島に貰ったブツのせいで、あっちに意識が傾きかけていた。

 これは仕事だ。仕事の話なんだ。煩悩は今すぐ退散せよ。


「そうなると俺も東京に住んだ方が良いのか?」

「そうしてくれると有り難いわ。このビルは私の知りあいのビルだから、もし良かったら空いている部屋を貸してくれるよう掛けあってみるけど?」


「おお! あ、でもまず両親に了解を取ってからだな。もしオーケーが出たら宜しく頼む」

「ええ。ご両親との話、上手く行けば良いわね」


 まさかこの俺が東京暮らしをするかもしれないなんてな。

 話がトントン拍子すぎてちょっと信じられない。


 それにこのビルで暮らすってことはマシン子と一緒に……

 もしかしたら恋につながる可能性も……


 ええい、余計な事は考えるな!

 それもこれも全てポケットの中にあるブツのせいだ。

 広島、恨むぜ。

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