1章11話 都会の砂浜

 お台場海浜公園にある、おだいばビーチには都会の香りが充満している。

 今までそう思っていた。


 でも実際は色々な食べ物の匂いと喧騒で少しもロマンが感じられない。

 そう思うのは俺が東京デビューしたばかりだからかもしれないが。


 そうです。

 櫻井義経は二十歳にしてやっと、東京デビューを果たしました!


 ファミレスでマシン子に異世界といわれた時は『こいつ妄想癖があるのか?』とも思った。でも口調に冗談っぽさが無く、あまりにも熱心に誘ってくるので『まあ、そんなにいうのなら』みたいな感じで詳しい話を聞くことにした。


 上目遣いに見詰め続けられ、思考停止状態に陥ったのとは断じて違う。


 それとおだいばビーチに何の関係があるのかといえば理由は簡単。

 テレビでしか見たことのなかったこのビーチに俺が来たかったのだ。


 東京といえばお台場。

 それくらい、幾ら俺が田舎者でもしっている。


 しかもマシン子の工房から一番近いビーチがここだというのだから、これはもう行くっきゃないじゃん!

 ――っと、早くも東京にかぶれてしまった。


 彼女が『じゃあ、取り敢えず私の工房へ来てくれない? 詳しい話はそこでしましょう』というので、その日はそれで別れ、翌日にバスと新幹線を乗り継いで東京へとでてきたのだ。


 俺の家から駅までは遠いので自家用車を使わないようにとバスに乗ったのだが、よく考えたらバスに乗るのも初めてだった。


 学校へは自転車、職場へは車通勤だったし、俺の住んでいる地域でバスに乗るのはマニアくらいじゃないかと常々思っていた。でも乗ってビックリそして納得。意外とバスは乗り心地が良い。


 シートはフワフワだし、ゆったりしてるし、運転手さんも親切で俺が車内に貼らてれいた経路図を見ていると『初めてかい? 行きたい場所を言ってくれたら降りる場所を教えてあげるよ』と凄く親切。これはマニアでなくとも何回も乗りたくなるなと思った。


 まあその話は置いておいて。


 新幹線で東京駅までは一時間ちょっと。

 期待に胸を膨らませ、東京の空気を肌全体で感じてやろうと画策していたのだが。


 新幹線を降りた途端、目に飛び込んできたのは衝撃の映像。

 重さで本州が沈むんじゃないかってくらい、たくさんの人が歩いている。

 度肝を抜かれた俺は、空気を感じるどころか感覚が麻痺しそうになっていた。


 マシン子は『改札をでたところで待ってるね』といっていたが、改札が多すぎて改札詐欺に遭った気分だ。ラインを飛ばすと『西の改札の前』との返事が返ってきたが西って一体どっちやねーん! と、エセ関西弁がでてしまうほど混乱した二十歳の昼下がり。


 そんな感じで何とか西改札を見つけてマシン子と合流したのだが。

 ちょうど彼女が立っていた背後に、おだいばビーチのポスターが貼ってあり……。


 それを見て再び東京上陸に浮かれた俺は、工房よりビーチへ行くのを優先したのだった。この決断に悔いはない。


「あれだな。想像してたよりコンパクトにまとまってるな」

「一体、お台場に何を求めてたのよ」


「新しい風とか夢とかかな」

「台詞はカッコいいんだけどね」


 だって仕方ないだろ?

 初東京、初おだいばビーチなんだぜ?


 何か大きなうねりが俺をさらって『帰さねーぜ』と呟きながら何処までも楽しい夢を見させてくれると思うじゃないか。田舎者の東京に対する思いのデカさ、舐めんなよ。


「あれ、櫻井か? 奇遇だな」

「うわっ、広島か。驚かすなよ」


 ビーチの前で理想と現実の狭間に立っていたら、広島に声をかけられた。

 地元でも東京でも会うなんて、最近コイツとは縁があるな。


 広島は海パンの上にぽっちゃりした腹を乗せ、似合わないサングラスをかけていた。今すぐ海パンを助けなければ、海パンが窒息してしまいそうだ。


 隣には例のメグたんもいて、仲睦まじい感じが見て取れる。

 しかし緑色に黒ラインのダイアゴナル・チェック柄ワンピースって。

 狙ってるとしか思えない半魚人っぷりだ。


 駅前で会った時より肌艶も良いし、やはり水場が近いと活き活きするのか。


「広島は今日もデートか?」

「そういう櫻井もだろ?」


 そんなわけないじゃないか。

 俺は仕事の話をする前に、たまたま人気のビーチに来て、たまたまマシン子と二人で、たまたま笑いながら会話をしてて――って、デートみたいだな!


「いや、俺は……」

「やっとお前にも春がきたんだな。応援するぜ、じゃあな!」


 そういって広島は去り際、俺のズボンに何かをねじ込んできた。

 何かと思って確かめるとダイナミックな行書体で『超薄型』とプリントされたリア充御用達のアイテムだった。


 親指を立てながら去って行く超厚型の広島が、何だか大人に見えた。

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