1章5話 マシン子
「――ねえってば。うーん、言語が通じてないのかな?」
「あ、ゴメン。集中してたから聞こえなかった」
「それなら良かったわ。あのね、こんな事を初対面の人にいうのも何だけど、今あなたが拾ったアグニタイトを譲ってくれないかしら」
「アグニタイト?」
その名前はネットで見た記憶がある。
しかし専門的な事はサッパリ解らないので、その詳細までは知らなかった。
解るのは俺が価値を見いだした石に、この女性もまた価値を見いだしている事と、彼女は俺と近い価値観を持っている可能性がある事。
「この赤っぽい石はアグニタイトって名前なのか。良いよ、あげる」
「それは凄くヘマタイトの含有量が多いアグニタイトだから普通のアグニタイトよりも価値があるのだけど、それでもくれるの?」
オークションに出せば千円以上の値がつきそうな石だが元手は
「実は俺、石の種類なんて解らないんだ。綺麗だと思うから採取してるだけなのさ。だからこの石が欲しいならあげるよ」
「ありがとう! まさかこんな上質なアグニタイトと出会えるなんて……」
アグニタイトを受け取った女性の目がウルウルしだした。
そんなに喜んでもらえるならあげた甲斐もある。
「ここには沢山あるから。同じようなのを今日だけで何個も見つけたし」
「え、何個も! あなた一体何者なの?」
「俺は
「フリーター? うーん、上手く翻訳できないわ。自由人?」
そうだけど、フリーターの意味と何か違うような気がする。
それに翻訳って。まるで外国人みたいだな。
「フリーターはフリーターさ。定職に就いてない人の事だよ」
「定職に……ふーん。なるほど、理解したわ」
まさかこんな山奥で和製英語の説明をするなんて思わなかった。
それにしても色んな人がいるものだ。
フリーターという単語が通じない人もいるんだな。
「あっ! 自己紹介がまだだったわね。私は
なんて斬新な名前なんだ。
名前としてそれだけで成立する単語の後ろに『子』を付ける例は幾つかしっている。
でもマシン子ってどうなんだ?
『子』を省いたら『マシン』だぞ?
知り合いは本当にそう呼んでいるのか?
マスィーンとか呼ばれてるんじゃないのか?
名付け親の感覚に畏怖に通ずる尊敬すら覚えてしまう。
今は若いから良いだろうが、お婆ちゃんになってもマシン子はマシン子なのだ。病院の受付で『菊川マシン子さーん』なんて呼ばれたら周囲はどんな反応をするのだろうか。『あの婆さん機械の身体か』なんて思われないだろうか。
しかし唯一無二っぽいという点では他の追随を許さない名前だ。
それだけでも充分に価値がある。俺はその名前に価値を見いだし、その奇抜な名前で今まで生きてきた彼女にも価値を見いだした。
要は、この時既にちょっとした恋愛感情が芽生えていたのだと思う。
誰かを好きになるのは気に入った宝石を買うのと似ている。
色や形や大きさなど千差万別だが、どこに価値を見いだすのかは人それぞれ。
価値を見いだしたからこそ好きになり、手に入れたくなるのだ。
彼女と出会うまで、恋愛とはそんなものだと思っていた。
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