第23話【黒霧視点】
「じゃあルールは確認した通りでいいよね。
君は水魔法だけ、でも私も地面に手を着けたら負けって事でまとまったね?」
「それじゃあ勝負にならないんじゃ...まあ頑固だしそれでいいよ。」
ラーク君は私のことを舐めきっているみたいだ。レイカにルール有りで勝ったからって調子に乗りすぎてるんだよね。その鼻をへし折る為にも、僕も本気でしなきゃいけない。だから遠く離れた秘境の地に場所を変えさせてもらった。
「じゃあワシが審判をさせてもらうよ。こう見えても公平なジャッジには定評があるんだ。レイカやアリアなら偏ってしまうだろうからね。コインを投げるから地面に付いてからスタートだ。じゃあ、いくよ」
そう言ったお婆ちゃんが右手を高くあげる、準備は出来ている、開始と同時に全力をぶち込ませてもらう。必殺技っていうのは勿体ぶるものじゃないんだよ。
上空に投げられたコイ...あ、
「誰が上に投げると言った?」
...高くあげた右手を勢い良く地面に投げた。意味がわからないけれど...不意をついて来たんだろう。僕の動体視力を全力まで生かすと、魔法や、銃弾なんて避けるのは容易いんだ。コイン程度見切るわけがない。
あと0.3秒ほどを、ぐっとこらえる。
早いのはダメ。遅いのもダメ。
全てがスロウモーションに見えてくる。
自分でもわかるほどの魔力が全身に行き渡っているんだ。
もうすぐ
――僕は剣に手をかける。
もうすぐ
――腰を下げ、爪先から足首まで力を込め
もう、すぐ!
――一瞬にして駆け抜ける。
目の前のラークも、観客3人も全く目で追えない程の速度、音さえも置き去りにして彼の目の前までやってきた。
「ふふっ、舐めすぎだよ」
そう言ったが後、パンッという破裂音が鳴り響く、地面を蹴りへこむ音、ソニックブームが発生する空気音が響き渡り、彼の耳に届く頃にはもう何もかも遅いのだ。
腰にかけている剣を一瞬にして抜き取り彼の左肩の下から頭にかけて切り崩す。
手加減はした、致命傷にはならず、かつ自由に行動出来ない程度に。
「おばあさん何で下にコイン投げないんで...え!?ラークさん!」
「ギルドマスターが一瞬であんな所に...」
僕の移動に遅れてレイカ達が反応してくるが。もう決着はついたようなものだ。
「どうかな?審判さん、これは僕の勝ちじゃないか?
まだ5割も力を出していないけれど、所詮はゴールドの力量だった、何かを隠し持っていたとしても、先手必殺。どんな敵も一撃で殺してきた私の”技術”
「なにいってんだい嫁さんよ。ラークは傷一つ付いていないぞ。」
嫁さんって、まだ決まった訳じゃないし!それに確実に”切った”。手には生々しい肉の感じが、それを斜めに切り取るように...
「はは、何言ってるの。さっきまで剣に血液が...」
お婆さんにそう言われ....剣を確認したら
――血が付着していない。
いや。そんなはずはない。ぜったいに切った。
感触だけじゃなくてこの目で確認したんだ。錯覚や幻覚魔法が一瞬でかけれるはずもない。
「―ああ、舐めていた。竜の加護があることを忘れていたし、スピードも覚悟も、戦闘のセンスもレイカとは大違いだ。」
当たり前さ、僕は黒色、片手で数えるほどしか現存していないんだけど。
だけど僕が聞きたいのはそういうことじゃない。何で服すらも破れてないのさ?
「凄く驚いた顔をしているね、ああこれ?直したよ。えーっと...確か...中級水魔法に自己再生ってあるの知ってる?」
知ってるに決まっている。だけど瞬きした瞬間に自己再生なんて聞いたことも見たことも無い。そんなの魔法使いの域に達している。
「もう油断しない、覚悟してね。」
行くよ。という合図と共に、詠唱を始めるラーク。
「僕も生半可な傷じゃ即座に治るってことがわかった以上、”殺す気”で行く。」
とは言っても相手は戦闘の素人みたいだ、相性の問題もあるが魔術師が剣士に勝つなんて本当に大昔に語られた大魔法使いでもないと不可能だ。
詠唱中に身体から水の魔力が漏れているから身体が光沢のようなもので包まれている。
うまくマナを扱えていない証拠で魔力が溢れてしまっている。
でも
「油断はしない。次は心臓を刺す。死んだらその程度の夫なんだってことで。」
「こわいなぁ、でも僕を殺せる”人間”はいないと思うけどなー」
「自己再生スキルに特化しているからって、負けないとは限らないよ?」
ラークとの距離はそんなに遠くない、一瞬で詰めれるだろう。だけれど、僕のモットーは油断禁物、一撃必殺だ。
何人の人間を、魔族を殺してきたのか数え切れないほど。その力の片鱗を見せてあげる。
「『こっちにおいで』」
そう詠唱した瞬間、ラークが一瞬にして、剣の目の前まで瞬間移動してくる。
そう、インチキとまで言われた私の魔法。【空間操作】、いつも思うんだ。相手の近くに行って刺すよりも、相手を剣の先まで移動させた方が確実じゃない?
間髪入れずに心臓を刺し、そのまま剣を右にふり、ラークの身体を裂いた。
血飛沫で、緑に生い茂る地面が一瞬にして赤黒く染まる。
血液は止まることを知らない、確実に死んだ。殺した。初めて口説いてくれた人だからと言って、決闘で甘えを与えるほど僕は優しくないんだ、ごめんね。
「らー...くさん、ラークさん!」
後ろでアリアが叫んでいる。長い付き合いさったみたいだけれど仕方ない、ごめんね殺しちゃって。
「学習しないなぁ、黒霧さんも」
....ええ、予想はしていたけれど遥かに上回って来た。ほんの少しだけワクワクする。こんなの凄く久しぶり。
「僕があの程度で死ぬと思ってる?甘いよ、切られてる間にも詠唱は続けていた。」
さらに、五体満足な彼は、続けざまに耳を疑うような発言を繰り返す。
「黒霧さんは強いけれど、今のをあと30万回は繰り返さないと魔力切れにはならないなぁ」
ブラフなのか本当なのかわからないが、心臓がダメなら頭を、頭がダメなら全身を消し飛ばしてやる。
「あはは、凄くワクワクする。レイカが魔具を解放した理由がやっとわかった。想像を軽く越えてくるアナタは、僕のパートナーに相応しいよ!」
さあ、なにが来るんだろう。胸の高鳴りが止まらない。心臓を刺しても死なない人間なんていただろうか。一撃必殺をかわした人間、空間操作すらも見切られていたような雰囲気。こんなの久しぶり。
「もうちょっとで完成。」
目の前から水の槍が飛んでくる。こんなの避けるまでもない。こんなのジャブにすらならないよ。
僕の身体に当たった瞬間、構築されていた水の槍は自然消滅する。僕が天から授けられた対魔力スキル。このレベルまで達すると何もしなくても自然消滅するほど鍛えられている。
「じゃあ次」
彼の目の前に現れたのは、水で出来た球体。
ただぷわぷわと浮遊しているだけでなんの恐怖も無いが、絶対に何かある。
「ふえろー」
気の抜けたような声で叫んだ彼の合図と共に、1つの球体が2つに、2つが4つに、8つに16に...延々と増え続ける。
数え切れないほど高速に、圧倒的なほどの物量で。さらに球体が触れた木々が溶けているのを見ると溶解性の水みたいだけれど...こんなの反則レベルだよ...。
でも残念、魔術師にとって僕は圧倒的に相性がいい、対魔力もそうだけれどもう一つ。
「それは”禁止”。【禁止】《ストップ》
」
「は?....ええー、がんばったのにー。」
「嫁ちゃん...それ、固有魔法かい?久しぶりに他の人が使うのを見たよ。」
そう、僕だけの魔法。魔術じゃなくて魔法だ。ストップと名付けている。
「一つの分野に限り、僕の許可がないとなにも出来ないように制限をかける。すごい?」
「凄いも何も...ずるいよそんなの」
「でしょう?でもね、もっとズルいことも出来る。水魔法の【禁止】《ストップ》」
「え」
「ふふっ、これでほぼ僕の勝ちかなー水魔法しか使わないんだよねー?」
「審判ー!これってずるいよー!」
「きちんとした攻撃なので問題は無し。」
「えーーーー!なにも出来ないしー!!」
ちょっとずるいけれど、これも僕の技だもんね。えへへー勝った。...でもさっきのはヤバかった、あのままいってたらこの島どころの話で済まなかった。
「じゃあ、降参する?それか水魔法が使えない状態で本当に殺しちゃうよ?」
「....さっきまで詠唱してスッゴいのしようとしてたのに、いいよ。僕も本気出すから」
本気?得意の水魔法が使えなくてルールを破って風魔法とかするのかな?まあ許してあげるけど。
――なんて軽い気持ちでいたのが僕の最大のミスだった。
それは突然だった。
圧倒的な何か。
僕じゃ絶対に勝てない。勝てないどころか同じ目線でいることすらおこがましいとも言える威厳。
全てにおいて勝てる要素がない、比べるのも恥ずかしい。
そんな何かを彼は急に、そう。いきなり発している。
『水魔法が使えないなんて、油断してた。』
『でも、水は使える。魔法なんて精霊の力を借りて発現しているだけのお遊び』
『僕自身が
凄い。なんだよこれ。圧倒的じゃないか。ああ、僕も、やっと全力が出せる。
でも出しても勝てないだろうな。
『天変地異、水の』
「ストップ、ラークの反則負け。」
....あ。
審判が、手を挙げ勝負に静止をかける。
誰も何も喋れない中どうどうと。
「ラークやりすぎ、もうちょっと落ち着かんかい。それはルール違反だろうが」
「えーだってああしないと僕負けてたし」
「だからって本気はダメだろう」
「でも水魔法しか使わないっていったから...」
まただ。いきなり元の雰囲気に戻った彼はいつもの気だるけな喋り方に戻る。
あの神聖さはどこに行ったのだろうか。
「はい...やりすぎた。僕の反則負けです。言うこと聞くよ。結婚はあきらめる」
「あ、うん、はい」
頭が混乱して、正直なんにも考えれないです。
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