第3話
「ありがとうございます」
「代わりにしっかり働けよ、この辺りは魔物が出るからな。」
そう言ったお腹の出ている男性は僕を荷台に乗れと指示をしてくれた。
車内じゃダメなのかな。あれだけ騒いでるのに僕も混ざりたい。
「ねえ、なんで荷台なんですか?僕も車内がいいです。」
安直な質問だったのか、顔をしかめ彼は不機嫌そうにこう返して来た。
「ただの護衛が車内に乗せろなんて図々しい。護衛なんてもんは荷台で十分だろ。それが当たり前なんだよ。」
「そうなんですか、すみません。」
そうなのか、知らなかった。護衛は後ろに乗るのが常識なんだ、これでまた一つ学べた!
雰囲気は黒く淀んでいるけれど、案外この人は良い人なのかもしれない。
荷台は何か硬いものの上に薄く藁が敷き詰められているだけで凄く座り心地は悪いけれど、僕に”常識”を教えてくれた彼を責めることはしない。これくらいなら我慢できる。
僕が腰をかけると、すぐに馬車は動き始めた。行き先はさっきまで僕が来た方向だ。真逆だったのかと少し気分が落ち込むが、無暗やたらに歩いていてもつくはずがないよな。じゃあでもこの人達はどこから来たんだろう?僕がこのまま進んで行けば何かあったのかな。
---
適度に補装されている道とはいえ岩や古枝が道に落ちてあり、激しく馬車は揺れ動く。あれからもう数時間は立ち夜も更けてきた。辺りはほとんど何も見えない状況で馬車の速さも少しずつ落ちて来ている。安全を重視するのなら朝までキャンプをした方がいいのだけれど...
「おい護衛。仕事だ。」
急に声をかけられ少し驚く。びっくりしたー、なるほど、僕もこれからは前置きをしてから声をかけよう。彼の冷たく、指示をするような声掛けに僕は返事を返した。
「なにかな」
「もうすぐで王都につくが暗くなって来たしそろそろ休憩を取る。近くに洞窟とか安全な地帯が無いか探してこい。」
「わかった」
初めての頼まれ事だ。道中は魔物が1匹も出ずに退屈していたから少しだけ心が躍る。出なかった理由が僕がほとんど食べちゃったからだろうけど。
荷台から飛び降り、草むらに着地する。本当にお尻が痛かった、動くたびにゴリゴリ言ってるし、これも人間ならではの感覚なのかと考える、人って大変なんだなぁ。
「えーっと、...何も見えない。」
そう、何も見えない。太陽も完全に隠れてしまい明かりもない状況だ。この状況で安全な所を探せと言うのだからなかなかに大変な事を頼んでくる人だな。
時の神様が居たらお願いして時間を戻してもらえるのに。不便。
どうしようか、と考えるがすぐに解決策が浮かぶ。
「"火の精霊"さん手伝って」
僕が名前を語りかけると、あちこちから笑い声が聞こえてくる。
言っておくがそれは馬車内ではなく、木の後ろや、地面の中、空気中から小さな声がする。
「...光の精霊が良かったんだけど、"リヒト"さんぼくのこと嫌ってるからなあ。」
火の精霊達は僕の周辺に集まり周りを照らしてくれる。もちろんほかの木を燃やさないように、上手く立ち回ってくれる。とても賢い子たちだ。
でも、どこを見ても木や古びた岩。本当に何もない。安全な場所って言ってもな...あ、そういえばあったな。クレーターみたいな所。木々が散乱としててワンちゃん達が襲って来た所なら広くていいんじゃないかな。たぶんこの近くだったし。
馬車に戻ろうとすると、また、笑い声がする。火の精霊じゃなくて今度は馬車の中からだ。いいな、僕も混ざりたい。
少しだけ足取りが軽くなりスキップ気分で帰ると馬車の周りには檻と、馬車内に居た人達.......そして.....
――檻の中にたくさんの人間が詰められていた。
檻の周りには囲うように男たちと、運転していた彼がにやけ顔で水をかけている。
「おお、早かったじゃないか。探してもらったのは悪いが今日はここでキャンプすることにした」
そう答えた彼は、檻の中に居る人間達に水をかけ続ける。
「わかりました、でも、今は何をしてるんですか?」
「ああ、これか?水浴びだよ。こいつら匂うだろ?だからわざわざかけてあげてるんだよ」
そう言った彼に続いて一斉に男たちが笑い声をあげる。笑い声に交じりそのうちの一人が発した。
「明日にはお客が買ってくれるんだ。キレイにしとかないとな。でも少しくらい味見してもいいんじゃねーか?」
「おいおい、純潔じゃないと売れないだろう。勘弁してくれ、でも本番さえしなきゃいいかもな」
また笑う。
笑顔を絶やさず、ニコニコと、何度も何度も何度も笑って、水をかけて、檻の中に手を入れて人間を触る者も居た。
そんなに楽しいのかな。ねえ、泣いてるよ。
「嬉し泣きってやつじゃねーの?それよりお前ももう寝ろよ。飯はそのコンテナに入ってるから好きにしろ。ただし、こっちには近づくなよ。お楽しみなんだ。お前も参加したいなら別だけどな。」
僕の一番の親友もよく笑っていた。
でも、こんなに気持ち悪い感情なんて抱いて無かった。
僕は黙って、荷台に戻る。人間のルールは知らないから、何も言えない。
このモヤモヤした気持ちが正しいのか間違っているのかなんて
面倒だから忘れよう。
その瞬間に心がスッとリセットされる。忘れてはいけないことも、忘れたほうがいい感情もすべて消え失せる。
「おやすみ」
僕は世界に向かってそう語り、目をつむった。暗闇に溶け込むように、硬いベッドの上に寝転がり、すべて忘れるように。
けれど、世界は僕を寝かせてはくれなかった。
――叫び声だ
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